当法人主催「現代における宗教信仰復興を問う」シンポジウム 京都会場の開催

骨子
1月22日午後、本シンポジウムが京都の同志社大学で開催されました。登壇者や進行次第は予定通りでした(プログラムと4名の発言骨子は、下記のHP案内記事を参照下さい)。
Contents
 1月22日午後、本シンポジウムが京都の同志社大学で開催されました。登壇者や進行次第は予定通りでした(プログラムと4名の発言骨子は、下記のHP案内記事を参照下さい)。ただ鎌田東二先生は週末のため予定された退院手続きが取れずZOOMでの参加となりました。法螺貝の奉奏は録画によるものでしたが、病室からの登壇は元気一杯で、迫力に満ちていました。全員の発題も充実した内容で、コメントや質疑応答も熱が入ったものになりました。会場に足を運ばれた参加者、ならびにZOOM参加の方々にも厚く御礼を申し上げます。 
 一方、各種器材の相性もあり、会場の音声がZOOMでうまく流れなかった部分があったのは、大変申し訳ない結果でした。ただし東京会場の分と同様に録画を編集してYouTubeにアップすべく、準備に取り掛かっています。また討議越しのテキストもHPに掲載いたします。しばらく時間は要しますが、2月末頃を目途としていますので、よろしくお願いいたします。

シンポジウム「現代における宗教信仰復興を問う」京都会場での概要

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 当法人主催のシンポジウム「現代における宗教信仰復興を問う」(島薗進編集 『宗教信仰復興叢書』刊行記念)の京都会場での概要は以下の通りです。なお、先の東京会場(2022年11月27日(日) 「ポスト・グローバリズムと多文化共生」については、動画YouTubehttps://youtu.be/Y7zrjDIAI5A
並びに、討議起こしテキストは、このHPに掲載済みです。
     シンポジスト9名(五十音順)
岡田真水 兵庫県立大学名誉教授(仏教)
加藤眞三 慶応義塾大学名誉教授(大本)
鎌田東二 京都大学名誉教授(神道)
小原克博 同志社大学教授(キリスト教)
島薗 進 東京大学名誉教授
原 敬子 上智大学准教授(キリスト教)
堀江宗正 東京大学教授
水谷 周 日本宗教信仰復興会議代表理事(イスラーム)
弓山達也 東京工業大学教授

京都会場 2023年1月22日(日) 「危機の時代における文化の継承と創造」
 「京都」は1000年以上の長期にわたる日本の都で、そこでは常に「伝統」と「流行」が緊張感を持ってせめぎ合ってきた。しかし、明治維新後、日本の首都が「東京」に移って、東京がめまぐるしい「近代」を体現する都市になったのに対して、京都は過去の歴史文化を保持してきた日本文化の砦のように見なされてきた。だが、実はそこにも「近代」の新しい波が押し寄せ、最古と最新がぶつかり合いながらダイナミックな生成を生み出していた。京都という都市を舞台に展開されてきた危機とその打開の創造を多角的な論者の視点から検討してみたい。また、その議論を通じて、広く現代社会における宗教をめぐる課題についてもアプローチしていきたい。

日時:日時:2023年1月22日(日)13:00~16:30  場所:同志社大学 良心館 RY103
12:30 開場
13:00 開会、黙祷(進行 加藤眞三)                   
13:03 聖書朗読及び祈祷(小原克博)、法螺貝、石笛奉奏(鎌田東二)
13:10 挨拶 叢書編者 島薗進、国書サービス社社長 割田剛雄
13:20 討論開始(司会 小原克博)
    シンポジスト 岡田真水、鎌田東二、水谷周、弓山達也
15:00 休憩
15:15 再開 コメント(島薗進、加藤眞三)
16;30 横笛奉奏(鎌田東二)、閉会
Contents
発言骨子
1.「危機の時代がもたらすもの−環境宗教学の観点から(岡田真水)
 大きな環境危機は人類の歴史上何度もあった。3000m級の山が吹っ飛ぶ大噴火・大地震・何十年も続く大旱魃・寒冷化などの天変地異、大飢饉・蔓延する疫病・世界的戦争。ペストでヨーロッパの1/3、中国の2/3が命を落としたこともあった。
 幸いにも、その度ごとに人類は多大の犠牲を払いながらも生き残り、環境危機を乗り越えた後には、常に宗教の復興・刷新が残ったと言ってよいだろう。現在残っている文化はそのような大きな危機を越えて継承されたものである。
 しかしながら、過去の歴史的環境危機と今日のそれを比べると、これまでとは全く異なる要素があることに気づく。その一は、人類がかつて経験したことのない人口圧。その二は、現代の気候変動が自然現象ではなく、他ならぬ人類が起こしたものであること。今ひとつは原子力に関わる環境危機である。
 本発表では、まず、かつて人類が越えてきた大きな環境危機とそのあとに残った宗教文化がどんなものであったかを俯瞰し、今日の危機がもたらす未来に対して我々が抱く絶望と希望について考えてみたい。

2.「危機と問題解決に向けて」(鎌田東二)
 多くの人が感じとっているように、現在今日、カタストロフィックとも言えるような大きな「危機」の中にあるように思える。第一に環境危機。たとえば気候変動による自然災害の多発や激甚化などなど、これまでとは全く異なる気象状況に翻弄されている。第二にそれに伴っての食料・エネルギー的危機。異常気象によって作物の不作や輸出入制限が起ると飢餓の拡大をもたらすことになる。第三に経済危機。コロナパンデミックやウクライナ戦争による物価の高騰や貿易などの交易の不安定化が起こっている。それは第四の政治危機を引き起こす。ウクライナ戦争のみならず各地域紛争による対立と分断とテロリズムの脅威は高まっている。第五に文化危機。アーティストの困窮はもとより、芸術施設の運営の困難や助成金の目減りも起こっている。第六に深刻化する教育危機。オンライン教育にシフトせざるを得ない教育環境がさらなるいじめや差別を加速し、生き甲斐を見失い、居心地の悪さを感じ、自己肯定感が持てない子どもたちも増えている。それに連動して第七に家庭危機。孤独・孤立・分離・分裂・無関心・虐待・家庭内暴力が進行している。第八に健康危機。コロナ禍により十分なアウトドア活動や交流ができないことによる健康不安と抑鬱の他、食糧事情の心配もある。第九に宗教危機。旧統一教会問題がいっそう深刻に突き付けた宗教(教団)ないし宗教活動に対する不信感と警戒感の醸成などなど。これらの「危機」を踏まえて、京都の自然と宗教風土の中で培われた問題対処法とそこで見いだされた叡智の形を掘り起こしてみたい。

3,「宗教における易と不易―カアバ殿とその意味合い」(水谷周)
古い伝統の不動の存在が現代の宗教信仰に持つ意味合いを考える。     
*建造の歴史 
・天地創造以来の歴史、世界初の家であり礼拝の方向、世界の中心という発想
・幾多の破壊―火事、洪水など
・多数の部分品寄贈の歴史―黒石の復旧、キスワ布、雨樋、ハティームの囲いなど
*初見参の感動、逸話など
・多数の作家、歴史家などの感動の描写、日本人巡礼者の熾烈な言葉など
・その上を飛ぶ鳥の病気が治る、カアバ殿の雨は豊作の方向を示すなどの逸話は、カアバ殿に寄せる思いの強さの表現でもある。
*現代にも息づくカアバ殿の迫力と意味合い
・「心の中のカアバ殿」クルアーンの啓示の言葉とカアバ殿という疑いない物的証拠。
・宗教上、不易な存在は信仰の堅固さであり、それが眼前に現存することに重い意味合い。人の移ろいやすさを教えられ、崇敬の対象。集まる人の群れの中での圧倒的な平等感と超越者としての主の実感。毎年の巡礼は約400万人。同時に上げる祈りとしては、世界最大。正月の明治神宮は3日間で、300万人。不動なものは物事を単純化する。
・どの宗教にも不動の存在に同種の意味合いが見出せる例があるはず。さらに京都の伝統も視野に入ってくる。例としては不易の一服と揺れる茶人という関係など。

4.「危機における宗教信仰、あるいは無自覚の宗教性の表出」(弓山達也)
本シンポジウム主催の「日本宗教信仰復興会議」という名称を聞いて、皆さんはどのように感じられただろうか。全人口中、信仰者は1割、関心層を含めても3割という日本にあって、「信仰復興」という言葉には疑問や疑念、もしかすると穏やかではない「何か」を感じた向きもあったかもしれない。報告者は刊行記念となる叢書第1巻で福島県下のスペイン風邪と東日本大震災といった大規模災害時に、非宗教者から生と死の連続性のような感覚が、時に明確な死生観をともなって表出される事例を紹介した。そこには「信仰復興」を、教団から離れた「無自覚の宗教性」(稲場圭信大阪大学教授)にも拡げて見てみたいという意図があった。
 さて東日本大震災から10年を期して、被災地各地ではいわゆる「伝承館」の建設が相次いでいる。そしてそこには祭り、魂やいのちの行方、生と死を主題とする展示が少なくない。本シンポジウムのテーマ「危機の時代における文化の継承と創造」に言寄せれば、危機にあって人は、それを乗り越えようとする時、必然的に宗教的表現を模索したり、そこに舵を切ったりするのかもしない。報告では、そこに新たな文化創造の可能性を見出しつつ問題提起していきたい。
おわり

『宗教信仰復興叢書』刊行記念シンポジウム 「現代における宗教信仰復興を問う」
討議起しテキスト

骨子
日時:2022年11月27日(日)13:00~16:30  場所:東京ジャーミィ

13:00 開会、黙祷(進行 水谷周)     
13:03 クルアーン朗読(イマーム・チナル師)    
13:10 挨拶 叢書編者 島薗進、国書刊行会社代表 佐藤丈夫    
13:20 討論開始(司会 弓山達也)
             シンポジスト 加藤眞三、島薗進、原敬子、堀江宗正            
15:00 休憩  
13:20 再開 コメント(鎌田東二、水谷周)   
16:30 閉会   

Contents
1 挨拶
(水谷) まず初めに、国書刊行会から出版しております宗教信仰復興叢書の全体編集をされている島薗進先生から短いご挨拶がございます。
(島薗) 宗教信仰復興会議は水谷先生の甥御さんのご遺志を活かすために頂いた基金を元に運営されております。宗教信仰復興叢書の第1巻は『宗教信仰復興と現代社会』という題でございますが、本書は、現代の世界における宗教信仰復興があるのかどうか、宗教信仰復興があるとしてそれは如何なるもので如何なる意味をもつのか、とりわけ無宗教と言われる日本における宗教信仰復興の在り方は如何なるものなのか、無宗教と言われつつも実際には宗教信仰復興を志向しているのではないか、宗教という形式にこだわらない信仰心やスピリチュアリティまで含めて考えたらどうなのか、といったテーマを含んでおります。本日は本書の共著者の半分にご登壇いただき、シンポジウムを行ってまいります。残りの半分の方には京都会場における1月のシンポジウムにご登壇いただきます。
本日、東京ジャーミィの会場をお借りできましたことは、我々の大いに喜びとするところでございます。現代世界の宗教信仰を論ずるにあたってはイスラム教を外すことはできません。日本のイスラム協会のメンバーでもある水谷さんのお力添えを賜り、本日東京ジャーミィでのシンポジウムの運びとなりました。
本叢書を刊行するにあたっては、国書刊行会にご尽力いただいております。また、本日のZoom配信にあたっては、加藤之晴先生のお力をお借りしております。深く感謝申し上げます。
本シンポジウムにお越しいただいた方、Zoomでご覧いただいている方にもお礼を申し上げると共に、十分に楽しんでいただけるシンポジウムとなるよう尽力してまいります。どうぞよろしくお願いいたします。

2 討論
(水谷) 本日の全体司会は弓山達也・東京工業大学教授にお願いしております。弓山先生、お願いいたします。
(弓山) ありがとうございます。それではただいまから、シンポジウム「現代における宗教信仰復興を問う」東京会場を開催いたします。先ほど島薗先生よりご案内がありましたように、本シンポジウムは本日の東京会場と1月22日の京都同志社会場の2つに分けての開催となっております。それぞれテーマが決まっておりまして、東京会場のテーマは「ポストグローバリズムと多文化共生」でございます。
本日のシンポジウムの趣旨をご説明すると共に、登壇者のご紹介をさせていただきます。今世紀が始まる前、21世紀は、対立や分断を超えて経済・人・情報が飛び交う世界となるものと夢想されておりました。たしかに世界はグローバル化を果たしましたが、同時に深刻な対立や分断も生み出しております。コロナ禍はこのような状況に拍車をかけ、まるで鎖国のような状態が2年半以上続いてまいりました。
グローバリズムは崩れて、今やそれに変わる世界や時代が模索されているのかもしれません。そのような中、多様化や多元化が世界の共通の価値と認識されつつあります。価値観の中央集権化ではなく、いわば地方分権化であり、個別化です。それは世界各地の様々な諸要素を活性化させるのかもしれません。そしてその際、宗教はどのような位置を占めることになるのでしょうか。宗教や信仰、特に世界宗教は、従来、国境や人種を超えたグローバリズムを押し進めるとともに、地域や国情に沿った展開を遂げてまいりました。或いは、ある価値観を通して人々を束ねるとともに、個人の救いや癒しを約束してまいりました。宗教は人類に、より普遍的な共生の理念を提供するのでしょうか。または、各地域や各伝統に即した宗教振興が一層活性化するのでしょうか。さらには、スピリチュアリティのような、組織や伝統に依存しない個人主義的な思想や実践が飛び交うことになるのでしょうか。本シンポジウムではこうした点につきまして、活達な議論や展望を指し示す討議が行われるものと期待しております。
それでは登壇者の先生方をご紹介いたします。最初のご登壇者は、慶應義塾大学名誉教授の加藤眞三先生、ご専門は健康科学・病態学・内科学です。2番目のご登壇者は、上智大学准教授の原敬子先生、ご専門は実践基礎神学・宣教学です。3番目のご登壇者は、東京大学名誉教授の島薗進先生、ご専門は宗教学です。最後のご登壇者は、東京大学教授の堀江宗正先生、ご専門は宗教学・死生学です。
4つのご発題の後、先ほどご挨拶いただきました水谷周・日本宗教信仰復興会議理事長、鎌田東二・京都大学名誉教授よりコメントを頂きまして、その後で、Zoomでの参加者及び会場の先生方よりご意見・ご質問を承ります。
それでは加藤先生、どうぞよろしくお願いいたします。

(1) 加藤眞三 「これから迎える時代のための宗教とは」
(加藤) 私は一内科医であり、父親の代からの在家の大本信者でもあります。大本では「霊主体従」という言葉が大事にされており、身体だけではなく魂を含めた全体的な医療を志すことを考えてまいりました。また、大本には、全ての宗教は根が同じとみる「万教同根」の教えがございますので、スピリチュアルケアとは、医療の現場で宗教・宗派を離れて魂のケアをする行為だと解釈しながら臨床を続けてまいりました。90年代のわが国では脳死・臓器移植問題がありましたが、大本は日本の宗教界の先頭を切って脳死・臓器移植反対運動を始めました。私自身は肝臓専門の内科医として、臓器移植に非常に近い領域におりましたので、当時は悩む部分もございました。ただ、科学的にみても脳死が真の意味での人の死ではないのに、臓器移植ができるようにとそれを誤魔化しているという構図が見えてきたものですから、脳死は人の死ではないと表明し、講演会に参加するようになりました。そういう経緯がありまして、いのちの研究会のメンバーである鎌田東二先生・町田周鳳先生・島薗進先生・上田紀行先生とのご縁を結んでいただいたり、その後上智大学の実践宗教学研究科やグリーフケア研究所で働かせていただいたりもしています。島薗先生を通じて知り合いましたキッペス神父という方からは、日本の医療では欠けているとされるスピリチュアルケアを学びました。慶應義塾大学を退職した現在は、キッペス神父がご縁を結んでくださったMOA東京療院という所で働いております。
大本は、明治時代に西洋からの文明開化・資本主義・軍国主義が到来する中で開教した歴史があり、利己主義・弱肉強食といった競争社会に対して警鐘を鳴らしていた宗教でもあります。そして、万教同根という言葉の下で、全ての宗教が連帯すべきであると訴えていた宗教でもあります。世の中の立替え・立直しの神業に参加するという教えは大本の重要な教えであります。さらに、食と農の文化も非常に大切にしております。また、私は「型の信仰」という教えも非常に重要だと考えております。「型の信仰」とは、まず自分たちで良い型を示すことが世界全体を良くしてゆくという考え方であり、自分たちの「拡張」に重点を置きません。
さて、私は医学の臨床や研究教育に携わる中で、広井良典氏の『ポスト資本主義』という本に出会いました。『ポスト資本主義』には、我々人類は現在3番目の大きな転換期を迎えていると書かれています。歴史上、人類は狩猟採集社会での定常化、農耕社会での定常化を経て、市場化、産業化、情報化・金融化の急速な進展を経験してまいりました。そして、これらが1つの飽和状態に達し、定常化の時代を迎えようとしている現在、新しい価値観あるいは地球倫理というものが必要になる、というのが本書の内容でした。個人的には、まさに大本の教えにいう立替え・立直しがこの時代に必要とされる所以であろうと解釈したわけであります。
実際のところ、資本主義は多方面で行き詰まりを迎えております。資本主義の行き詰まりは、専門家に対する不信感、大量生産大量消費に対する反省、大規模発電から地域でのエネルギー利用という方向性への転換を促しました。そして、私は、物質中心・箱物・軍事・競争の時代から、今後、美・芸術・対話・連帯の時代へと移行してゆくと信じています。今まさに、大転換期が訪れていると私は感じております。
そして、私は、時期を同じくして、日本のCOURRIER JAPONという雑誌の中で、名門大学の医学部が絵画鑑賞やダンスを必修科目にしているという記事を目にしました。例えば、イェール大学では絵画鑑賞を必修にしたり、ハーバード大学では文学や演劇、ダンスの授業を課したりしているそうです。これは共感力があり、思慮深い医師を輩出したいという考えの下でなされているとのことであります。最近の医学界では医師と患者の対話の重要性が高まっており、そのような中で、芸術やダンスといったものを教えることが今後改めて重要になってくるということが2010年頃から言われ始めてきたとのことであります。
このような動きは最近の医学界に限ったことではありません。実はビジネスの分野でも、最近のエリートは美意識を鍛えるという山口周氏の記事が出されております。これまでのような分析・論理・理性に軸足を置いた経営、言わばサイエンス重視の意思決定では、今日のように複雑で不安定な世界においてビジネスの舵取りをすることができないために、美意識を磨くということが非常に大事になってきているとのことであります。
大本では、昔から「芸術は宗教の母である」ということが言われており、大本教祖出口王仁三郎は「芸術と宗教とは兄弟姉妹のごとく、親子のごとく、夫婦のごときものであって、二つながら人心の至情に根底を固め、共にみたま(霊)の最深の要求を充たしつつ、人をして神の温懐に立ち還らしむる、人生の大導師である。」と語っています。
「芸術はひたすらに美の門より、宗教は真と善との門より、人間を神の御許に至らしめんとする点において、少しく立場に相違がある。しかし、造物主の内面的真態に触れ、神とともに生き、神と共に動かんとするのが真の宗教でなければならない。」とも語っており、芸術と宗教とが非常に近しい間柄にあるということを教えています。そして私は、万教同根という教えを進め、宗教が連帯する上で、芸術が1つの大事なツールになると出口王仁三郎は感じておられたのであろうと考えております。
さて、このような動きの中にあって、最近「ティール組織」なるものがビジネスの分野で注目されております。今後私たちがどのような組織・働き方・社会を選ぶのかという問題意識がある中で、『ティール組織』という本はもう既に10万部を超えて売れているということであり、非常に大きな影響力を持っていると言えます。『ティール組織』という本は、フレデリック・ラルーというコンサルティング会社の組織改革のプロジェクトに関わってこられた方のご著書です。ラルー氏は、どのような組織が最も効果的かつ効率的に働けているのか調査しました。加えて、様々な哲学者、歴史家、心理学者等の研究成果から、「人間の意識は時代と共に変化し発達する」、「新たな発達段階への意識の移行が起こるたびに人類は全く新しい時代へと導かれてきた」ということを見出しました。そして、新しい時代の新たな組織モデルが生まれつつあることを見出したラルー氏は、このような組織を「ティール組織」と名付けたのです。世界の12の組織が、ラルー氏の定めた基準を遥かに上回るティール型の組織であったとのことであります。この中には、長期間に亘って経営され、従業員数も数千人規模に上るものもございました。そして、これら12の組織は互いに連絡を取り合って生まれたものではなく、同時多発的に世界各地に出現したとのことであります。
当初、ラルー氏は、このタイプの組織が主としてサービス業(医療や教育)で見受けられることになると予想していたのですが、実はサービス業以外の様々な業種においてもティール組織が存在することが分かりました。その中には営利企業も非営利組織も見つかり、事業分野も小売り・メーカー・エネルギー・食品・教育・医療と幅広いものでありました。
『ティール組織』では、現代が主としてオレンジ色に象徴される「達成型」の社会であることを前提としております。達成型の社会とは、イノベーションや科学を非常に重んずる実力主義的な社会の在り方です。そして、それ以前には、アンバー色に象徴される「順応型」の社会も存在したとされます。順応型の社会とは、規律や規範を重んずる官僚主義的な社会の在り方です。達成型の社会の後には、グリーン色に象徴される「多元型」の社会が控えております。多元型の社会とは、平等と多様性を重視し、文化を重視する社会の在り方です。そして、このような時代変化を経て、もう既にティール色に象徴される「進化型」或いは「生命型」の組織へと移行している組織があるということが発見されたのです。ティールとは、鴨の首の辺りの羽色を意味します。調べてみましたところ、『万葉集』の大伴家持の和歌に、「水鳥の かもの羽色の 青馬の 今日見る人は 限りなしという」という歌がございました。日本では上賀茂神社や住吉大社などで白馬(あおうま)の神事というものが1月7日に行われますが、この歌はまさにそのような場所に集まってきて健康を祈願する人々の姿を描いた歌であります。
このティールの調査対象となった組織は、前述のようにメーカーからアパレルまで多岐に渡り、その中にはRHDという人事を担当する非営利組織や多数の営利企業も含まれております。ここでは代表例として、ビュートゾルフという組織を取り上げます。ビュートゾルフはオランダの在宅ケアモデルであり、2007年に設立された看護師を中心とした組織であります。ここでは最大12人の独立した専門チームが地域利用者を担当しており、オランダ国内において急拡大し、成功を遂げたモデルです。2014年の利用者満足度では全国1位、従業員満足度でも全産業中トップを叩き出し、その後組織としても拡大を見せ、2016年には1万人の看護師が勤務する大きな組織に育っております。ICTを利用しコストと業務の効率化を図りながらも、質の高い在宅ケアサービスを提供し続け、今も世界の様々な地域への進出を図っています。
さて、ティール組織の特徴として、自主経営(セルフマネージメント)、全体性(ホールネス)、存在目的(エボリューショナリーパーパス)という3点が挙げられます。フラットでオープンな関係性の中で、いわゆる「サーバントリーダー」のような組織の形になっていると言われております。私はティール組織がどのような人で構成されているのか考えておりましたが、最近ソニーの重役でもあった天外伺郎氏が『実存的変容』という本を出されました。天外氏は、個人レベルでの実存的変容が起きた時にティール組織という社会を迎えることができると述べています。また、天外氏は、自身が所属していた頃のソニーは、まさにこのようなティール組織として上手く機能していた時代であったということも述べています。
ティールの社会を迎えるためには、「実存的変容」或いは「実存的転換」が問題になるかと思います。ここで、九州大学における心身医学研究の創始者である池見酉次郎先生のご研究を取り上げます。先生は、がんの自然退縮の例を集めて分析され、詳しく調査できた31人中23人には人生観や生き方の大きな変化があったことを発見されました。先生は、このような人には「実存的転換」が起こっていたと報告しているのです。そして、まさに、このような人においてがんの自然退縮が見られたというのです。実存的転換の具体的な内容としましては、永遠の命へのめざめ、神仏への全託の心境、主体的な生きがいのある生活への移行、生きがいのある仕事への打ち込みといったことが挙げられています。
天外氏のご指摘によれば、ティール社会の人の生き方の特徴としては、出世・名誉・名声・金にこだわらない、競争的でない、善悪の判断をせずありのままで受け取るといったものが挙げられます。そして、善人・悪人を切り分けない、他人を批判しない、他人をコントロールしようとしないという立場を採るとのことであります。自分の視点と他人の視点をメタに見る目を持ち、時の流れに対しても、過去を悔やまず未来を思い煩わないということになります。
このようにティール時代の人々の生き方の特徴を見てまいりますと、私は大本の教えにいう「かんながらの道」を想起せざるを得ません。「かんながら」とは、神様の御心のままにという意味であります。そして、大本の第三代教主補である出口日出麿はこのような歌を歌っておられます。「天の神よりみ給えば みなそれぞれに必要の ありて造りしものばかり いずれも善で悪はなし 自分と同じ性情を 持たぬというて腹立てて あんな者があくかいと 決して非難をするでない あなたにとってはあかいでも 多数の人にあくならば まずまずよいではござらぬか いわんやまして天地に 真から不要のものはない」と。ティール社会の人々はこのような気持ちを持つのではないかと私は考えております。
出口王仁三郎は「宗教の統一」ということを出口王仁三郎全集の中で述べているのですが、「最終的には宗教不要の理想へ」ということを述べています。曰く、「宗教はみろくの世になれば無用のものであって、宗教が全廃される時がこなければだめなのである。主義精神が第一であって、大本であろうと何であろうと名は少しも必要ないのである。」「各々意思想念が違っていることに相応して、各々宗教も違っているのであるから、大きな目で見た場合、名称は神であろうが、仏だろうが、基督であろうが何でもよい。」と。出口王仁三郎はこれぐらいの大らかな気持ちで宗教全体を考えておられたわけであり、最終的には組織としての宗教は不要であると述べておられたわけです。
この写真は綾部にある大本の長生殿という所で、世界から色々な宗教者が集まって「世界宗教者の祈りとフォーラム」が行われた際に撮影されたものです。このような集いが可能となったのも、今申し上げたような寛容な気持ちがあるからではないか、各人の多様性を認めることが大事なのではないかと私は考えております。以上です。
(弓山) 加藤先生、ありがとうございました。ここで幾つか事実関係のご質問をさせていただきたく存じますが、本シンポジウムの聴衆の先生方のご専門が多様ですので、私が代表してもう少しご説明いただきたい箇所をご質問いたします。本日は様々なご信仰をお持ちの方が会場・Zoom共にご参集のことと拝察いたしますが、ご発表の最後の方の宗教の統一・宗教の不要につきもう少しご説明いただきまして、生じ得る誤解や疑念を払拭できればと考えております。如何でしょうか。
(加藤) 宗教の統一・宗教の不要とは、当然宗教そのものの否定を意味しているものではありません。皆が神に対して畏敬の念を持つ状態になれば、宗教という組織はなくとも地上に天国が実現できるのだと思います。出口王仁三郎の問題提起もまさにそのような趣旨であったのだろうと私は考えております。
(弓山) ジョン・レノンの『イマジン』を思い出しました。加藤先生、ありがとうございました。

(2) 原敬子 「教皇フランシスコの教会改革 2021-2024 『シノダル・チャーチ』と日本のわたし」
私自身カトリック信者でございますが、元々は家の中に仏壇も神棚もある習合宗教の家庭で育ちました。大学でカトリックに出会い、そこでとある経験を契機としてカトリック信者となりました。本日は、日本で生まれて日本で洗礼を受けた私、一カトリック信者が、世界のカトリック教会の改革とどのような形で関わっているのかということをお話ししてみたいと思います。
まず、カトリック教会をどのように理解するかという点が問題になります。共通理解としての、宗教を構築する3つの要素から検討してまいります。第1に、制度としましては、ローマ司教を教皇、リーダーとするペトロの使徒継承を主張するキリスト教教会の一教派であります。世界に13億人の信徒を擁し、位階制という組織を形成しております。第2に、教義としましては、カトリック教会のカテキズムを掲げております。16世紀のトリエント公会議で成立し、その後1997年に改定されたカテキズムであります。第3に、霊性(祈り)としましては、ミサ(儀礼)を中心的な礼拝とし、秘跡(サクラメント)による神と人との一致を通して、この世界に存在しようといたします。イエスに従う生き方を実践し、祈りを通して神の国の実現を目指すことになります。
教義(カテキズム)は4つの柱から構成されております。第1が信条です。ニケア・コンスタンチノープル信条がその内容です。第2が典礼です。ミサのパンと葡萄酒によって、生けるイエス・キリストのからだと血と一致する「コミュニオン」が最も中心的な儀礼となっております。第3が倫理です。人間の生き方ということになりますが、人間の尊厳と共同体は神からの「かく生きるべし」という命令法によって呼びかけられていると考えます。第4が祈りです。イエスが祈ったように我々も祈るということになります。
さて、カトリック教会は2000年の歴史を有しております。紀元前6年から紀元3年頃にイエスが生まれ、イエスの生前の宣教活動があり、そして、死後、キリストの教会が始まります。イエス自身は自ら教会を建ててその長になろうとは考えていなかったわけですが、その弟子たちが教会を成立させてまいります。そして、ミラノ勅令以降、ローマ帝国の国教となってからは、時代を遡れば必ずしも平和だったとは言えません。聖地を巡る十字軍による戦闘や宗教改革の動きの中で、血で血を洗う争いが繰り広げられたのは周知の事実であります。聖戦の名の下に行われてきた非情なまでの惨劇がございます。人間の欲望の渦の中で、カトリック教会は常に組織と個人の葛藤と改革の歴史を辿ってまいりました。そこには、どの時代にあっても、制度(組織)を解体し、変容させるような発想を抱き、行動した人間が存在します。
20世紀のカトリック教会の改革としましては、第二バチカン公会議が挙げられます。時の教皇・ヨハネス23世によって1962年から1965年にかけて開かれました。かなり高齢になってから教皇に就任した彼は、唐突に公会議を開催すると宣言した人物としても知られております。第二バチカン公会議はカトリック教会2000年の歴史の中でも大改革に位置付けられておりますが、この画期的な改革は次の内容をみればお分かりいただけるかと思います。まず、典礼面から申し上げますと、ミサの朗読に旧約聖書が加わり、3年周期で3つの福音書に焦点をあてる等、聖書が重要視されるようになりました。ミサの使用言語もラテン語から地域の言語へと変更され、信徒がパンとぶどう酒を都度拝領できるようになりました。次に、エキュメニズムといたしましては、カトリック教会が東方・プロテスタント諸教派とともに、1つの派であると理解し始めました。従前はカトリック教会だけが唯一の教会であると考えていたのです。さらに、民主主義と信教の自由を認め、それを保護することは教会ではなく、国家の責任であると宣言いたしました。信仰の自由に対する権利の存在をここで確認したわけです。また、「ユダヤ人は神から拒絶された存在と主張すべきではない」と宣言いたしました。加えて、「他宗教の中にも真実で聖なるものがある」と宣言いたしました。最後に、修道生活も刷新されました。修道生活の本来の目的を再発見し、現代社会に適応させることをその目的に据えたのです。これらの条項は一見当たり前のことであるようにも見えますが、そうではなかった従前に比して考えますと、教会にとっては大改革と言えます。そして、第二バチカン公会議からおよそ50年後の2013年に、フランシスコ教皇就任の運びとなりました。
2019年に来日したことでも知られるフランシスコ教皇ですが、21世紀の教会改革として現在遂行されているのが「シノダル・チャーチへの刷新」という大改革であります。改革のシンボルマークは、オレンジ色の木の形をした聖霊にいのちがみなぎり、その下で、様々な信徒たちが同じ方向を向いて一緒に歩いているという図像となります。従前のカトリック教会ではあまり明言されておりませんでしたが、シノダル・チャーチはコミュニオン(交わり)、パーティシペーション(参加)、ミッション(宣教)という3つのテーマを持っております。ここでいう「シノドス、シノダル、シノダリティ」ですが、ギリシャ語のシン・ホドスによる造語であり、「道をともにゆく」という意味であります。言わば合議制による組織(共同体)、民主的な組織を意味します。従前のカトリック教会は「ヒエラルキー」(位階制)の中で組織が作られておりましたが、この改革では、教会がヒエラルキーの組織を持ちながらも、歴史的に見れば合議制による組織を作り続けてきたということが主張されております。旧約聖書から新約聖書に至る流れに加えて、一千年期ではニケア・コンスタンチノープル・カルケドンの各公会議を開催してきたこと、二千年期ではプロテスタントの宗教改革で反省を遂げて自ら合議制を作ってきたことがその根拠であります。自己の歴史の中に既にシノダリティは存在していた、第二バチカン公会議でコミュニオンの教会の性質と使命が改めて明らかにされたのであると主張いたします。
そして、これは神学的にも非常に重要なことでありますが、シノダル・チャーチという教会の形は人々が一緒に作り上げていくものであり、一緒に作り上げていかなければ分からないものであるとしております。個々の信徒が自ら参加し、宣教し、交わり合うことによってシノダル・チャーチを目指し、作り上げていくというイメージです。まだ見ぬシノダルな教会というものをこれから作り上げるにあたっては、シノダリティの神学がこれを支えているということになりますが、コミュニオンの神学として私共も現在これを一生懸命学んでいる最中であります。ここではコミュニケーション論が土台になっておりますが、普遍性を意味するカトリックという言葉の中で解釈いたしますと、普遍性とは常に全体性と一致性を示すものでありますから、全体の個々がコミュニケーションをする中でたとえ如何なるものが出てきたとしても、そのような方法を採らなければ決してシノダリティが実現することはないということになります。ここでいうシノダリティとは、「コミュニオンの教会の普遍性の生きた表現だ」と申しますが、まさに第二バチカン公会議の精神に生きるカトリック教会を表している言葉であるように思います。地球上のあちらこちらに存在し、あらゆる文化・歴史・言語を持ち、多様性の中にある13億人が、その多様性を保ちつつ一致に導かれているという状態を、生き方の中で模索し、実現していこうとするのが、この大改革の骨子であります。
そして、一番核となる方法論が「ファシリテートする」ということであります。従前の位階制の下では司祭による権威的なリーダーシップによっていたものを、ファシリテートにおいては、必ずしも司祭が担わなければならないものではないとしております。フランスの神学者イヴ・コンガールが1971年に示した図を挙げますと、左図は従前の位階的教会論における制度でありまして、聖霊が神の民(信徒)とそのリーダー(司祭)にそれぞれ異なるエネルギーを与えている様子が見て取れます。この図で示された神学的解釈の下では、司祭は一般の信徒とは異なる特別な仕事を成し遂げると考えられます。ゆえに、従前の神学の下では、司祭と信徒とは明確に区別されておりました。他方、右図は第二バチカン公会議以降の制度でありますが、イエスからの聖霊が共同体全体にエネルギーを降り注ぎ、リーダーシップをとる司祭と信徒との間をコミュニケーションによって行き来しながら共同体を形成してゆく様子が見て取れます。まさに神学的な大転換であります。この制度の下では、全体がフラットな立場で相互関係によって共同体を形成してゆくことになるのです。現代神学には幾つかのコミュニオン教会論も見られるようになりましたが、以上の神学的変更によって、教会組織の改革が現実のものとなってまいりました。
2022年3月、フランシスコ教皇はバチカンの教皇庁組織を抜本的に改革いたしました。左図が従前の組織、右図が現行の組織です。従前の教皇庁は、国務庁・財務庁・経済庁を上位とする組織でありました。しかし、2022年3月以降の教皇庁は、国務省の下に福音宣教省・教理省を置き、内容面を担う機関を上位とし、財務機関を下位とする組織へと変更されました。福音宣教省は教皇自らが指揮を執ります。財務機関は既に庁でも省でもありません。また、フランシスコ教皇は、従前の教皇庁では男性である枢機卿・司教しか就任できなかったポストにどんどん女性を起用しております。司教を選ぶ司教省という機関がございますが、そこのポストには2人の修道女と1人の一般女性が就任いたしました。教皇庁の組織改革も、教会全体が大切にすべきコミュニオン、すなわち「相互性」を反映すべきであるとしております。宣教もコミュニオンと密接に結びつくものです。信者である我々が信者でない世界の人々と如何にして結びついてゆくのか、如何にしてその声を聴き、それを自己のものとするのかということが試されることになるからです。
シノドスは1つの教会改革ではありますが、祈りを大切にいたします。ここでは、我々を観想へと導く2つのイコンをご紹介いたします。1つ目のイコンは、イエスが十字架上で血を流し、その血をマリアが盃で受けているというものであります。その盃の中には鳩がおります。イエスの血は平和のために流されたことを象徴しているのです。さらに、イエスの着るマントには様々な苦しみを抱えた人々の顔が描かれ、神の手がイエスの頭上に注がれております。2つ目のイコンは、食卓の中央に生ける子羊が捧げられ、多くの人々がその子羊を見ているというものであります。食卓の子羊の傍にはペトロも描かれ、食卓上にはありとある動物が描かれております。人間がこういった動物たちと真の意味で1つになり、世界を築いてゆくビジョンが示されております。
さて、以上のような流れの中で、シノダル・チャーチの第1フェーズが2021年9月から始まりました。第1フェーズでは、抽象的ではあるものの、心に訴えかける10のテーマが掲げられ、我々信者が日々の生活を生きてゆく指針といたしました。そして、小さな教会の中で信者同士がまず出会い、今一人ひとりが何を感じ取っているのか訊き合う作業をいたしました。それを東京とか、名古屋とか、地域の司教区でまとめ、日本のまとめとしてローマに送りました。2022年9月からは第2フェーズに入り、以後は大陸別での討議となりますが、そこに向けて、112の司教協議会から千を超える文書が提出されました。これらの文書をまとめ上げたものが「大陸ステージのための作業文書」31ページであります。全世界から集められた証言をローマの神学者たちが聞き取り、1つの文書にまとめました。この文書はカトリック中央協議会のホームページで誰でも見ることができますが、言わば「現代の福音書」と言えるものであります。そこには全世界に生きる現代のカトリック信者たちの真摯な声が集められているからです。人々の「生の声」を証言とし、この証言を神学的な素材(コルプス)とする作業は、イエスの時代の4福音書やパウロの手紙の編纂作業と何ら異なるものではありません。この文書が今後第2フェーズのテキストとなります。
その中に「女性の参加について再考する」という箇所がございます。従前のカトリック教会でも女性が働いていたわけですが、その意見が決定に参与していたと言えるかどうかは甚だ疑問であります。ここで「日本の私」について取り上げることにいたします。我々は「個人の識別」と「共同の識別」という2つの意味で、現教皇フランシスコの改革に向き合い、自分自身に対しても回心を求められております。まず、私は果たしてどのような次元でイエスの祈りを生きているのかということを個人レベルで問いかけるのが「個人の識別」であります。そして、この問いかけを誰かと一緒に語り合うのが「共同の識別」であります。しかし、この語り合うという行為は、日本人の私にとりまして大きな壁であるように思われます。個人でミサに参加して自己の回心は果たされたとしても、隣の信者と一緒に回心を遂げた自己の状態を分かち合うことができているのかどうかはまったくの別問題であります。「シノダル・チャーチと日本の私」を考えるに際しましては、私自身の内面化と社会化、私の属する社会の内面化と社会化、そして日本の教会の内面化と社会化が1つの指針になると私は考えます。教会の社会化とは、「聞く」という態度から「行動する」という態度へと移行する1つの挑戦であります。
さて、カトリック世界女子修道会総長管区長会という組織がございますが、テッド・ダン氏の「私たちの弱さと変革の可能性を抱く」という会の基調講演が大変印象的でありましたので、最後にご紹介いたします。そこでは「7つの見当違いな努力」というものが挙げられておりました。「過去のものを新しく改良したものを作る」「同じことを、もっと努力して行う」「革新を起こすより、安全策をとる」「深い変化より、漸進的な変化に取り組む」「良いものを創るより、悪いものを避ける」「新しいOSを作るより、同じ情報をダウンロードする」「内面的な働きよりも、外面的な変化に重点を置く」。これらは全て見当違いな努力とのことであります。私は修道女として帰依する信仰者として、まさにこのようなことをしがちであります。自戒の念を抱きつつ、私の話は以上とさせていただきます。
(弓山) 原先生、ありがとうございました。先ほどと同様に、私が代表して事実関係のご質問をさせていただきます。最後にご指摘のあった「7つの見当違いな努力」でございますが、個人的にはこのような努力も歓迎すべきものではないかと考えます。テッド・ダン氏が仰りたいことも何となく分かりますが、どの辺りが見当違いなのか、どうすれば見当違いではなくなるのかという点につきまして、もう少しご説明を加えていただきたく存じます。
(原) ありがとうございます。テッド・ダン氏は心理学・社会学がご専門であり、ここでは主として女子修道会に向けて語っていらっしゃいます。ご発言の前提には、現代の変化が地球上の100年の変化に相当するという問題意識がございます。とりわけ私ども修道女は「同じことを、もっと努力して行う」ということが非常に得意でありまして、朝起きてお祈りをして朝の仕事をこなすという繰り返しの中で生きております。そして、ダン氏のご発言の趣旨は、貴女方のその繰り返しが世界の急速な変化に果たして適合していると言えるのか、というものであります。この7つは修道女である私にとりましては非常に納得のいくものでございます。ただ当然、良いと思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。
(弓山) ありがとうございます。要するに、もっと根本的かつ抜本的に変革してゆく姿勢が求められているのだという理解でよろしいでしょうか。
(原) ご指摘の通りです。そこにはさらに、世界の変化をどう「聞く」のか、表面的ではなく根本的に「聞く」ことができているのかという問題意識が隠されております。
(弓山) 後半のディスカッションで改めて議論できればと思います。原先生、ありがとうございました。

(3) 島薗進 「宗教信仰による公共空間の閉塞を超える道」
(島薗) 本日は主として日本の新宗教を取り上げようと思います。最近は私も統一教会関連の問題で忙しくなっておりますが、様々な新宗教を考えるに際しまして、まずその念頭に置かれるのが統一教会なのではないかと考えております。統一教会関連の現象はカルト問題などと称されることもございますが、日本の現代宗教には比較的多いことなのかもしれません。宗教ジャーナリストの藤田庄市氏のご著書『宗教事件の内側』では、オウム事件の頃から起こっているカルト問題が6種類に分類されております。昨今問題となっております統一教会は、5つ目と6つ目の分類、「金銭収奪」と「正体隠しの詐欺的布教」の筆頭とされております。このような分類を全体的に観察された皆様は、他にも問題のある宗教団体が数多く存在する以上、統一教会の問題は相対的なものにとどまるのではないかと思われたかもしれません。
しかしながら、統一教会はかなり特殊な団体であります。長期間に亘る大規模かつ詐欺的な金銭収奪をなし得たのは、様々な策略が存在したからに他なりません。どこに真実があるのか分からない状態に陥らせて信者を獲得し、いつの間にか組織の言いなりに動く人間を作り出していたのであります。メンバーを大切にするのが宗教団体の通例かと思われますが、統一教会ではメンバーから徹底的に搾取し、メンバーの人間性さえも否定するような行為が度々行われてきたのです。その中には、家族が入信したがために家庭が崩壊し、辛い思いを抱えて育った子供たちもいるわけです。そして、人に対する加害行為を罪滅ぼし(万物復帰、蕩減)などと言って正当化する動きもあったと伺っております。オウム真理教の場合は、殺した者も殺された者も良い生まれ変わりを遂げるなどと言って、殺人すら正当化しておりました。統一教会の場合はオウム真理教とは少しく事情を異にするわけでございますが、日本国民をターゲットとし、日本人には献金の義務が存するなどと言って大規模な金銭収奪を正当化していたことは事実であります。
さて、統一教会の問題が刑事事件となったのは2007年からであります。刑事事件は僅かに10件ほどでございますが、そこには警察が関わろうとしなかったある理由がございます。この点につきましては後ほど詳しくご説明いたします。他方、民事訴訟は多数提起されたのでございまして、大抵は教会側が敗訴する結果となりました。教会側としましても、敗訴することが目に見えて分かるわけでございますから、裁判の前に、あるいは裁判の途中で示談に持ち込み、お金を返して終わったことにするという場当たり的な対応が繰り返されました。明らかな虚偽に基づく責任逃れは統一教会の体質にしみついたもの、人間同士の関係の基礎となるべき信頼の基盤を掘り崩すことを意図的持続的に行ってきたと、『検証・統一教会=家庭連合』という本の記述から言えると思います。
ここに『統一教会 日本宣教の戦略と韓日祝福』という本がございます。本書は宗教学者の櫻井義秀先生と中西尋子先生のご著者ですが、副題にある「韓日祝福」とは、韓国人男性と日本人女性が結婚することを意味します。誰と誰を引き合わせるかは教祖の意思決定によるわけでございますが、韓国人男性と日本人女性の組合せが相対的に多いとのことであります。その背後には、「日本はエバ国家である」との教説がございます。この教説の下で、エバ国家たる日本はアダム国家たる韓国に貢ぐ義務があると解するのです。人間に原罪をもたらした蛇と交わったエバの影響でアダムも原罪を背負うようになったのだから、日本はエバの影響が大きく、サタンの影響が大きいと教えるのです。7000人の日本人女性が韓国に嫁いだとされますが、韓国人男性が如何にしてリクルートされていたかも問題になります。要するに、結婚難が社会問題化していた農村出身の男性など、配偶者を得ることが困難な男性に声をかけ、統一教会の行事に参加すれば良い花嫁を得られるという宣伝文句の下で韓国人男性をリクルートしていたとのことです。日本人女性の中には農村の貧しい環境に身を置くことになった方も少なくないわけですが、その背後には明らかに、日本の植民地時代に韓国が大変な苦難を強いられていたという記憶がございます。さらに、70年代・80年代は日本が経済成長を遂げていた時代である一方で、韓国が伸び悩みを見せていた時代でもありますから、日本こそが韓国の教団に貢ぐ義務があるのだと考えたわけです。ひいては韓国こそが世界の中心になるという考え方も有していたわけでありますが、この考え方の中に戦前の日本の考え方に相通ずるものが見出されるのも何とも皮肉なものでございます。
次に、統一教会と政治の関係を3段階に分けて整理してみたいと思います。先ほど軽く触れましたが、統一教会がなぜ警察による手入れもなしに何十年にも亘って大規模な金銭収奪をなし得たのかと申しますと、そこには隠された政治的な配慮がございました。政治家が守ったというのはあくまで私の考えですが、これを証明するのはなかなか容易ではありません。そこで、色々な傍証を集めてきて、これらを根拠とするより他はないということになります。
さて、3つの段階でございますが、第1段階は60年代から80年代まで、第2段階は90年代から2000年代前半まで、第3段階は2000年代後半から2010年代までという形で分けることが可能です。第1段階においては、統一教会は「反共」を掲げていたため、これが自民党右派の政治家たちに好意的に受け止められました。「反共」は大学で活動する原理にもなったわけですが、この当時の統一教会は政治的保護をあてにした強引な伝道や霊感商法を強力に推し進めておりました。その後、89年・90年に冷戦が終結し、ベルリンの壁も崩壊し、やがて中国も民主化するのではないかと言われていた時代に突入します。この時代がまさに第2段階にあたるわけですが、この頃から状況が変化を見せ始めます。統一教会の教祖・文鮮明が91年頃に訪朝し、金日成と会談したこの頃から、日本の政治家との関係性も変わってまいります。当時の日本ではカルト問題が盛んに取り沙汰されておりました。統一教会にとどまらず、オウム真理教や幸福の科学も登場し、トラブルを起こす教団も当然少なくありませんでした。そのような中で、統一教会としてもこれまでのような派手な収奪はしにくくなり、代わって信者に対する内向きの収奪が横行するようになったとされております。第3段階に移りますが、2000年代の後半頃から前述の刑事訴訟が提起されるようになりました。第2段階の時期に民事訴訟で次々に敗訴していた統一教会としては、より一層内向きの活動を行うようになっていたわけでありますが、この頃から新たに政治家への働きかけを強めたとされております。警察が動いたのは2007年から2010年にかけてですが、やはり不完全燃焼の感を否めません。
ところで、第3段階における統一教会の政治家に対する働きかけには特徴がございます。同性愛・夫婦別姓・LGBTQなど家族倫理に関わる部分を強調し、性教育等の進展を阻止すると共に、伝統的な男性優位の家族像を保持せんとする教会側の動きが右派の政治家たちの支持を集めていたのであります。第1段階では反共を掲げて政治家と結びついた統一教会は、第3段階では家族倫理を利用した形になろうかと思われます。また、2010年代の政治家との関わり方の特徴として、政治家の選挙運動に全面的に関わるようになったという点も挙げられます。以上のような経緯の中で、日本の政治家は長期間に亘る統一教会による人権侵害を守ってきたのではないかという点が大きな問題になります。
日本の右派政治勢力と宗教との関わりを統一教会に即して検討してみますと、一方では右派的アジェンダに基づく連携というものが見出されます。かつての社会組織が持っていた家族秩序や上下関係などの美点を守ろうとする宗教の本来的な特質が、統一教会の場合は社会主義・共産主義に対する抵抗感、個人よりも家族や国家における結合を尊ぶ志向によく表れております。この点、創価学会の場合、この側面での連携は弱いと言えます。むしろこの側面は、自公連立政権の変遷を見てまいりますと、両者の連携を不安定化させる要因になりかねないように思われます。なお、聖教新聞ではしばしば、LGBTQの問題がマイノリティの権利を尊ぶという文脈で取り上げられております。他方で、選挙における集票能力の活用という側面での連携も見出されます。力を持てば自分たちの好むことを何でも行ってよいという、新自由主義的思想基盤を持つ現代の政治家たちの姿勢は、中国思想に即して申し上げればまさに「覇道」であり、道理に基づく政治を行う「王道」からはかけ離れていると言えます。彼らは、宗教の持つ力、すなわち、組織や権威に従って集団行動を行うという側面を利用しているのです。創価学会の場合、この側面での連携が主たるものとなります。
このような傾向を宗教と公共空間の関係からさらに深めて検討してみます。我々は政教分離の社会で生きているわけですが、政教分離はまた市民的公共圏というものと結びついていると言えます。18世紀末、フランス革命やアメリカ独立革命が起こり、立憲政治の時代が到来しました。様々な立場の人が開かれた討議の場を持ち、何らかの信念体系によって導かれることのない社会となりました。西欧社会で申しますと、国教制度に代わる様々な宗教集団がそれぞれに信教の自由を持つところに始まり、やがては人種の枠組みを超えて対等に公共空間への参加の可能性を持つようになりました。公共空間では、国家宗教や国家イデオロギーといったものに従わなければならないということはないため、多元的な市民的公共圏が成立することとなりました。西欧の文脈においては、公共空間における政教分離を意識して、政治の中に宗教を持ち込まず、政治は世俗的な事柄のみを考慮して決すべきといった捉え方をされた時期もございました。
このような捉え方の持つ誤謬につきましては、ホセ・カサノヴァ氏のご著書『近代世界の公共宗教』に詳しく記されております。本書は公共空間の中で宗教が政治に参加することはむしろ好ましいとの趣旨でございますが、日本の宗教がそのような方向へと向かう動きも当然ございます。例えば、9.11同時多発テロ事件の後、日本の宗教組織は、アメリカの戦争政策に賛同する日本政府の意向に反して、戦争反対の声明を出しております。また、宗教の国際的な平和活動を行う代表的な団体としてWCRPが挙げられますが、1970年に設立した際の創設者には2名の日本人も含まれております。WCRPは宗教の枠を超えて活動する団体ですが、東日本大震災の後に行われた「カフェ・デ・モンク」による傾聴活動などは、まさに宗教の枠を超えて公共空間に宗教が関わっていった好例と言えましょう。
政治と統一教会の関わりは、公共空間と宗教の関係を閉塞させてしまうようなものであったと言えます。他方で、日本の宗教の中には、公共空間と宗教の持つ明るい方向性をも見出すことができます。そして、このような方向性に新宗教も大いに関わっているという事実を忘れてはならないと私は考えます。ありがとうございました。
(弓山) 時間が足りず端折られた部分がございましたら、後半のディスカッションで改めて補足等を承りたいと考えております。島薗先生、ありがとうございました。

(4) 堀江宗正 「現代社会の非宗教的スピリチュアリティ~データから読み解く」
(堀江) 「非宗教的スピリチュアリティ」という言葉をご覧になって、宗教信仰復興からは縁遠いものであるように感じた方もいらっしゃるかと思います。しかし、私は宗教信仰を「宗教」に限定されない広義のものとして捉えています。本日は、教団組織には所属していないものの、何らかの宗教的なものに価値を置き、実践を行っている人々に焦点を当ててお話をしたいと思います。私は、最初にご案内のありました『宗教信仰復興と現代社会』では、「日本におけるスピリチュアリティの発生と展開」という章を担当していますが、末尾の部分はかなり駆け足で書き進めてしまったので、本日はその部分をデータに基づいてご説明できればと考えています。
本章末で、私は東日本大震災以後のスピリチュアリティの動きとして、①霊の復権、②個人主義的な伝統回帰、③政治的両極化、④コロナ禍以降の陰謀論などの極端化があると指摘いたしました。①の霊の復権という認識は、私自身が被災地で実施した霊的体験についてのアンケートとインタビューによる調査に基づいています。そのデータを読み解きますと、霊的なものに対する関心が非常に高まっていることが分かります。②の個人主義的な伝統回帰は、例えば、神社仏閣の信者ではなくとも、そこを訪れたり、行事に参加したりするという動きによく表れています。③の政治的両極化は、島薗先生のご発表とも関連しています。すなわち、投票率低迷を背景として、組織票を持つ宗教団体が政治的影響力を行使しやすくなり、特に右派よりの政治と結びつく傾向があるということです。一方で、イラク戦争反対や脱原発を訴えて、左派よりの政治的姿勢を表明する宗教団体も存在します。このような状況下にあって、現在日本の宗教界は二分されていると言えます。スピリチュアリティも状況は同じです。ナショナリズム的な思想を持つ人もいますし、原発デモに参加する人もいます。④のコロナ禍以降の陰謀論とは、とりわけSNSにおいて、極端あるいは過激な陰謀論が盛んに見られるようになった状況を指しています。本日は、私が2021年に実施したコロナ死生観調査のデータを基に、以上の現象に肉付けをしたいと思います。
さて、①に関連して、まず国民性調査出典のグラフを参照いたします。かつては、「宗教を信じるか」という質問に対しては、僅かに3割の日本人が信じていると回答するにとどまる一方で、「宗教心は大切か」という質問に対しては、7割程度が大切であると回答するということが指摘されていました。このような結果を踏まえて、日本人は無宗教なのか、それとも無宗教の宗教心があるのかといった議論もありました。しかし、最近では、「宗教を信じるか」という質問に対して信じていると回答した人は3割以下になり、「宗教心は大切か」という質問に対して大切であると回答する人も急激に落ち込む状況が見られます。一方で、「あの世を信じるか」という質問に対して信じると回答した人は、1958年から2008年の50年間で約2倍に増加しました。信じないと回答した人は当然減少しています。NHK調査を参照しても、あの世を信じる人の割合は漸進的に増加を遂げていることが分かります。また、その内訳を年齢層で区分いたしますと、若年層が非常に多く、高年層が非常に少ないことも分かります。さらに、生まれ年別に見た調査年ごとの回答率も参照してみます。記録上の最も古い調査年は1973年ですが、この年はオイルショックが発生した時期と重なり、またオカルトブームが勃興した時期とも重なっています。仏か神いずれかを信じると回答した人の比率を見ますと、年長者ほど信じると回答していることが分かります。さらに、1973年当時の明治生まれの年長者は80%以上が信じると回答していましたが、現在の年長者は70%程度が信じると回答するにとどまっています。一方で、あの世を信じると回答した人の比率を見ますと、平成生まれの若年層の方が高く、高年層の方が低いということが分かります。また、高年層だけで比較しますと、以前よりもあの世を信じる人の割合は増加していることが分かります。以上を総合しますと、年を取ると仏や神への信仰は上昇してゆくが、あの世を信じるかどうかはあまり変わらないということが言えます。つまり、あの世を信じるかどうかは、コーホート(世代集団)によって決定されていると言えます。
ここで、2008年と2013年の国民性調査を比較してみますと、2008年当時は若者ほどあの世を信じる傾向にあるということが比較的明白に読み取ることができました。性別で見ますと、女性の方が10%ほど高い割合であの世を信じていると言うことができます。ところが、2013年の調査では、中年世代であの世を信じる人の上昇が著しく、若年男性であの世を信じる人の減少が著しく見られます。大変興味深いことです。私が2021年に行ったコロナ死生観調査でも、男性は50代が最も死後の魂の生存を信じていることが分かります。なお、この世代はオカルトブームと共に育ってきた世代でもあります。女性も基本的には同様ですが、高齢女性が急速に死後の魂の生存を信じ始めたことが特徴的と言えます。
コロナ死生観調査は、カナダ・韓国・日本の3か国で実施していますので、3か国間での比較も行いたいと思います。まず、日本人は「宗教は自分の人生において大切なものだ」「一般論として、宗教的信仰を持つことで死の恐怖が和らぐ」「一般論として、死後の魂の存続を信じることで死の恐怖が和らぐ」という各質問に対し、肯定的な回答をした人の割合が最も低いという結果でした。死後生は、宗教重視よりも支持する割合が高かったものの、カナダの方がより高い割合となりました。カナダはコロナの発生前より若干下がり、日本は若干上がっているという状況です。そして、宗教やスピリチュアリティへの関心をコロナ前とコロナ後で比較してみますと、3か国共に若干下がっているという状況が見られました。宗教やスピリチュアリティがコロナ発生中の支えになるかどうかという質問に対する肯定的な回答は、日本は3か国の中で相対的に低い割合にとどまっています。以上を総合しますと、宗教やスピリチュアリティへの関心がコロナ前とコロナ後でどの国も微減していることが分かります。過去の日本のデータを見ますと、阪神淡路大震災後に宗教的信仰の割合は微減したものが再び盛り返し、東日本大震災後に再び微減しているということが起きています。大きな事件の直後は宗教やスピリチュアリティへの関心が微減するということは、少なくとも日本では確実に言えます。
「あなたは宗教的信仰を持っていますか」という質問の内訳ですが、日本では仏教が26%の割合を占めています。神道系が3.7%しかなく、キリスト教系の2.7%と大差なかったのは意外でした。最多の割合となったのは無信仰でした。興味深いのは、自身の信じているものを複数回答させる質問です。超越的存在としての神(一神教的な神)と、上位の霊的存在としてのさまざまな種類の神(多神教的な神)に分けて質問したところ、日本人の24%が前者を信じ、後者よりも高い割合でした。日本人は多神教徒だと言われますが、それは疑わしいという結果です。日本人が「神様」と言うときには漠然と超越神を指している可能性があります。様々な歌の歌詞に登場する「神様」という言葉を調べたことがありますが、漠然と超越神を指しているケースが多いように思われました。加えて、日本人は、他国に比して、先祖・守護霊・指導霊を信じる割合が高かったのも特徴的です。さらに、興味深いのは、日本人は最も瞑想をしない国だという結果が出たことです。カナダでは、1年以内に瞑想をしている人が4割もいたのに、日本はたった7%でした。また、ご利益信仰も献金も日本は最も低いという結果でした。一般に、日本人は霊感商法や高額献金に引っ掛かりやすいとされますが、カナダや韓国よりも低いのですから、端的に誤りだと言えるでしょう。なお、日本が他国よりも高い割合を示したのは墓参りでした。
以上の点について、さらに年齢との相関を調べてみますと、高齢者ほど高くなる正の年齢効果が見られたのは、仏、祈り、墓参、供養、経典、献金でした。いわゆる葬式仏教に関連するものです。一方で、若者ほど高く、高齢者ほど低くなる負の年齢効果が見られたのは、霊的エネルギー、天使、占いや霊視、瞑想、悪魔、霊能相談、スピリチュアルな本の読書でした。伝統宗教の枠に収まらないスピリチュアリティに区分されるものです。また、年齢効果のないものとして、神、神々、先祖、守護霊が挙げられます。これらは40代から50代の年齢層で最も高いという山型のカーブを描いています。古いタイプの心霊主義(スピリチュアリズム)と関連しているのではないかと推測できます。死後の魂の存続を信じる人の割合もこの世代では高くなっているように思われます。以上を踏まえますと、高年層が葬式仏教、中年層が観念的スピリチュアリズム、若年層が実践的スピリチュアリティという形で分類することが可能です。また、信仰者とSBNR(spiritual but not religious=スピリチュアルだが宗教的ではない)と懐疑派(宗教的信仰がなく、信じるものが何もない人)に分けて検討してみますと、懐疑派がどの年代でも多数を占める一方で、年長者ほど信仰者の割合が高く、年少者ほどSBNRの割合が高いという結果となりました。但し、20代で見ても信仰者がSBNRを上回るのが意外です。また、信仰者とSBNRを足しますと、日本人の過半数となり、懐疑派を上回ることになります。このことから、日本は必ずしも無信仰国とは言えないということになります。
ここで④について検討してみますと、コロナ陰謀論として知られる「コロナはただの風邪」「製薬会社デマ説」「マイクロチップ説」が互いに高い相関にあり、いずれも負の年齢効果(若者ほど支持する結果)が見出されました。コロナ陰謀論は、信仰者や懐疑派よりもSBNRの間で高い支持を集めていることが分かりました。但し、SBNRの中では少数派にとどまっているので、SBNRは陰謀論者だと見なすことはできません。
最後に宗教との関係、或いはカルトとの関係につき若干付言いたします。現在執筆中のコンスピリチュアリティ(陰謀論を支持するスピリチュアリティ)に関する論文を踏まえてお話しいたしますと、実際には日本の陰謀論はカルト的運動として展開しており、新宗教教団の野合に、新しいカルトが加わったものと捉えることができます。そのため、スピリチュアリティとは無関係なのではないかというのが私の見立てです。
伝統宗教との関係についてですが、世界的に伝統宗教の中にエソテリックな要素があることが注目されています。スピリチュアリティは新しいブームではなく、歴史的なルーツがあるという見方も強まっています。伝統仏教のなかでも、副住職の世代の僧侶にはスピリチュアリティを経由している人が多いように思われます。東日本大震災以降、境内でヨガをおこなったり、スピリチュアルな商品を含む「マルシェ」を開いたりするケースが観察されています。さらに、医療・環境・教育といった制度の中にもスピリチュアリティが取り込まれています。このから、実はスピリチュアルは多くの領域に入り込んでいるのではないかと私は考えています。以上です。
(弓山) 堀江先生、ありがとうございました。

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(弓山) それでは後半部分に移ります。まず水谷先生からコメントを頂戴いたします。水谷先生、お願いいたします。
(水谷) 私は3つの点にまとめてお話をさせていただきます。第1は本日のシンポジウムのテーマでもあります、「現代における」宗教信仰復興という点であります。まず「現代」が如何なるものであるのかという点から考えてまいります。それは人や話題により相当幅のあるものであり、例えば「戦後」「バブル崩壊後」「フランス革命以降」といった様々な捉え方がございます。宗教信仰復興という文脈で考えますと、最も幅があるのはやはり「フランス革命以降」という捉え方かと思われます。いわゆる啓蒙主義或いは合理主義に敷衍した知識体系、すなわち近代知の体系の下にあるのが「現代」と捉えるのであります。私は、とりわけ20世紀以降、近代知の在り方に対する抵抗や批判が非常に盛んに行われてきた事実に注目せざるを得ないと考えます。その1つの表れが「ポスト・モダニズム」、すなわち、「強く、大きくあれ」とする進化論に親和的な弱肉強食的・適者生存的な思考を批判する動きであります。弱小なものは取るに足らないという考え方は人間社会の隅々にまで浸透していると思われますが、これに対する批判がポスト・モダニズムであります。もう1つの表れが「ディコンストラクション」(脱構築)、すなわち、近代知の体系そのものを根本から壊そうとする動きであります。このように近代知の系譜は非常に問題視されてきたわけであります。なぜ問題視されてきたかと申しますと、強く大きいものこそ善であると決めてかかった発想が、例えば環境問題のような形で様々な歪みを生じてきたからであります。先ほどのご発表はいずれも大変興味深いものばかりでございましたが、これらのご発表の底流にありますのはやはり近代知に対する懐疑心、否定的な捉え方であろうと私は考えます。加藤先生のご発表中のティール組織そのものも、まさしくその1つの表現であるように思われてなりません。また、原先生のご発表中のシノダル・チャーチにおきましても、本来的に強く大きな組織である財務機関を下とする改革が行われているわけであります。「弱く小さいもの」を極力取り上げていかなければならないということであります。私はスピリチュアリティもこのような流れの中に位置付けられると考えております。宗教という名前を持たないような存在にも、宗教心や霊性そのものが息づいていると捉える認識の強まりに、「現代」に対する問題意識が潜んでいるように思われます。
第2は、私の信奉するイスラム教の文脈の中で、本日のご発表を振り返ってみたいと思います。まず、加藤先生のご発表中の、大本では「芸術が宗教の母である」と解する旨のご指摘につきましては、イスラムでは「宗教は芸術の母である」と申します。すなわち、イスラムから見た場合には、親子の関係が逆転しているわけであります。異論を申し上げているのではなく、あくまで比較検討を行うという趣旨であります。また、原先生のご発表中では「ファシリテートする」ということが取り上げられておりましたが、これは最近のイスラムの間でも取り上げられる用語であります。宗教指導者と信者の間を取り持つ存在として、大いに活躍するという意味では役割は同じであると言えます。さらに、スピリチュアリティとの関係につきましては、昨今新規に入信を果たした日本人ムスリムの間に、私はその影響を感じるものであります。宗教を信仰するという固い向き合い方ではなく、精神的なものに触れていたいという向き合い方を感じるのであります。
第3は、「共生」という言葉であります。島薗先生のご発表の中にも、「公共善」という形で言葉を変えて登場したと認識しております。「共生」は当初生物学の用語であったものが、バブル崩壊後に経団連によって強く打ち出され、最近再び認識されるようになりつつあります。今後「共生」は大変重要なテーマになるように思われますが、実際ほとんど研究が行われておりません。今後さらに深めていくべきテーマであろうと思われます。以上です。
(弓山) 水谷先生、ありがとうございました。次に鎌田先生からコメントを頂戴いたします。鎌田先生、お願いいたします。
(鎌田) 島薗先生の手になる本シンポジウムの趣旨説明の文章には、「グローバリズムはもろくも崩れて、今やそれを越えた時代が眺望されている」と書かれております。そこではさらに、現代的な状況が4つの指標をもって示されています。第1が多様化、第2が多元化、第3が地方分権化、第4が個別化という指標です。
この4つの指標はいずれも現代的状況のある側面を示しておりますが、私はこれらに加えて、全体的な「破局(カタストロフィー)に向かっている予感」というものが現代における本質的な状況ではないかと考えております。これは水谷先生のコメント中の、「現代」を如何にして捉えるかという問題意識にも相通ずると思います。
そして今後、末法思想や終末論が改めて注目されるようになると考えます。20世紀末にノストラダムスの大予言の拡大解釈が大流行し、オウム真理教もこれをある意味で利用したわけですが、そのような状況に近いものが現代にも見出されるのではないかと思われます。現代の場合、気候変動がこのような状況をいっそう拡大させ、戦争等がこれをさらに加速させています。政治と統一教会の関係性も、私にはこのような「破局」の一態様として組み込まれているように思われてなりません。
フランシスコ教皇はまさにこのような状況を打破すべく、2015年の『ラウダート・シ』で「インテグラル・エコロジー」を提唱され、多様性を認めつつエコロジーの方向へと進展しなければならないという考え方が、さらにシノダル・チャーチの方向性へと進展したのだと考えております。
私は、また、世界は「難民化世界」になりつつあるとも考えております。ウクライナは主要都市で現在電力が不足し、通じない状態にあるわけですが、越冬が大変深刻な問題として突きつけられております。北海道が僅かに1週間ほど停電になった2018年9月には、日本スピリチュアルケア学会の会合が延期となりました。人災・天災と電力供給の関係はまさに死活問題であります。このような状況に陥った場合、ライフラインを絶たれた人々は一斉に「難民」のような状態となります。ゆえに私は、このような事態に備えをするべきであり、まずもって国連にもっと強固で連帯的な世界防災機関を設置するべきであろうと考えているのであります。
このような意味で、私はフランシスコ教皇の改革には深く共感を覚えるものであります。また、大本の、多様性を維持しつつも万教同根を目指すという考え方にも深く賛同するものであります。ただ、意識としてはそのような方向に向かっていたとしても、分断の深刻化はとどまるところを知らず、破局は回避し難いと言えましょう。そのような中で、私は現代人の意識の「揺らぎ」も感じているわけであります。一見あの世を信じていたとしても、自己の死生観として確立しているかどうか疑わしい側面もあるのではないでしょうか。
その上で、私は、今世紀にあって今一度、19世紀末に台頭してきたニヒリズムの問題が突きつけられることになると考えております。水も電力もない状況の中、誰が生き残るのかという極限状態においては、様々な「選択・トリアージ」も発生します。コロナ禍においても「命の選別」の議論が巻き起こりました。粗大ゴミのように扱われることにやるせなさを抱きつつ、綺麗事ばかりの地域包括ケアを超える解決策は存在するのかという不安もあります。政府も思想家も綺麗事は饒舌に語るわけですが、本当に苦しみを抱える現実そのものに対する明確なグランドデザインを持ち合わせておりません。打開策が存在しないこのような状況の中で、霊性の問題としての宗教信仰復興がトータルな救済になり得るのかという問題もあります。
私は今年の9月に「吟遊詩人」として北海道に出向きましたが、そこで大学時代に議論を戦わせたニヒリスト、故・佐藤泰志と「再会」しました。彼の卒業論文のテーマは「神なき後の人間の問題」でありましたが、彼の作品に描かれているのはまさにニヒリズムとその超克の世界でありました。ニヒリズムに飲み込まれ、生きる意味を見失う人々が大勢いる。この点、2007年頃から佐藤作品が再び脚光を浴びていることは、大変象徴的な事態であると思われます。私は、宗教信仰復興という極とニヒリズムという極が現代社会には同居していると考えております。是非この辺りにつきまして、登壇者のみなさんの意見を聴きたいと思います。
(弓山) 鎌田先生、ありがとうございました。それでは、水谷先生・鎌田先生のコメントに対して、登壇者の先生方からコメントを頂きたいと思います。加藤先生、お願いいたします。
(加藤) まず、水谷先生から「宗教は芸術の母である」とのご指摘を頂きました。出口王仁三郎の時代、既に「宗教は芸術の母である」という言葉は一般に受け容れられているものでしたから、私はあくまでこれに対応する形で芸術の根源的な大切さを述べられたものと考えております。水谷先生のご指摘のとおり、宗教と芸術のいずれか一方が先ということはなく、宗教心や芸術を求める心には共通のものがあるという趣旨に他なりません。
次に、鎌田先生のニヒリズムに関するご指摘につきましては、私自身なかなか答えにくい部分もございます。私自身は、宗教を信じて様々な体験を積み重ねることで、神の実在を信じられるようになった経験がございますから、本質的に言葉での議論では解決し得ない問題ではないかと考えます。ただ、神を信じ、宗教を信じることの素晴らしさを訴えてゆくより他ないのではないかと思われます。
(原) 水谷先生から「現代」とは何かというご指摘を頂きました。そして、島薗先生には、3つの段階に分けて、統一教会と政治の関係史をご説明いただきました。私自身は1965年生まれですので、この3つの段階そのものが私自身の「現代」であると強く感じております。私自身の「現代」を振り返ってみますと、メインカルチャー対サブカルチャーという構造があったように思われます。カルトが勃興してきた90年代の第2段階はまさにサブカルチャーの全盛期だったのではないでしょうか。現代の若者がスピリチュアリティに親和的であるという堀江先生のご指摘を踏まえましても、やはり私はアニメに登場するスピリチュアルとの近接性を見出さざるを得ません。私自身は90年代にカトリックに入信したわけですが、当時の自分を振り返ってみますと、水谷先生のご指摘のとおり、スピリチュアリティ的なバッググラウンドを多少なりとも有していたことを否めないと思います。ですから私は、伝統宗教のスピリチュアリティ的側面に救いを求めてカトリックに入信したことになろうかと思います。しかし、時を経てまいりますと、スピリチュアルではどうしようもできない状態という部分も見えてまいるわけであります。
次に、鎌田先生からは全体的な破局に関するご指摘がありましたが、ここにいう「破局」とは人間に対する理解・認識の破局ではないかと私は考えました。さらに進んで、「生」とは何か、「死」とは何かという問いに向かうわけであります。一方で、とりわけ一神教宗教は、「人間とは神から呼びかけられている存在である」という受動的な人間像を想起いたします。そうしますと、破局自体がある種、一神教を回復してゆく過程として位置づけられるのではないかとも考えられるわけであります。一神教が機能不全に陥る中、カトリック教会ではフランシスコ教皇による改革が行われております。ニヒリズムに対して応答し得るのはまさに一神教なのではないかと私は考えます。
(弓山) ありがとうございます。原先生、ご指摘のありました「スピリチュアルではどうしようもできない状態」につきまして、もう少しご説明を加えていただけますでしょうか。
(原) 個人的には、全存在で帰依してゆく次元と、安全地帯に身を置きながら表面的に救済される次元という2つの次元が存在すると考えます。なかなか言語化が難しいですが、水谷先生にも是非ご意見を賜りたいと考えております。
(水谷) イスラムの場合、指導者の前で入信の証言を2回行えば、以後は誰しもが「入信後」として取り扱われます。これが基本的な形式論となります。他方、実態といたしましては、あまり勉強をしないで入信される方もいらっしゃるわけであります。それ自体1つの熱心な入信であることに変わりありませんが、何を求めているのか、如何なる心の動きがあるのかという点から観察いたしますと、安全圏内で何かにすがる安心感、心の拠り所を見出した感覚があるのではないかと思われます。私はこれ自体、1つのスピリチュアリティとして歓迎すべきであろうと考えます。
(弓山) ありがとうございました。それでは島薗先生、お願いいたします。
(島薗) 水谷先生のコメントの中で「共生」という言葉が出てまいりました。「共生」とは黒川紀章に関連する言葉でございますが、元々は彼の母校が東海学園ということもあり、浄土宗の椎尾弁匡の影響がございます。椎尾弁匡は「共生」を唱えた後に国家主義に飲み込まれましたから、我々は命令形としての「和を尊べ」、やや強引な「共生」というものを想起するわけであります。他方、仏教徒は「縁起」、すなわち関係性を大切にしますから、比較的「共生」の理念は馴染みやすいように思われます。最近の言葉で申しますと、「自利利他円満」ということになろうかと思います。それは「エコロジー」でもあり、ひいては「ティール組織」でもあろうかと思います。ただ私は、このような見方が些か楽観的ではないかと感じてしまうわけであります。そう簡単に「自利」と「利他」は一致しないわけですし、「共生」にはお互いの違いを乗り越える必要があると言えるからです。「身近な和を尊んで世界を広げてゆく」ということを日本人は考えがちでありますが、実はこの考え方は新宗教に見られがちな考え方でもあります。
そこで、私は、水谷先生も仰っていた「公共善」「共通善」に着目いたします。これはアリストテレスに始まり、トマス・アクィナスへと至る系譜でもありますが、全体にとって善いことを宗教こそが提示できると考えるものであります。神こそが共通善を定義してくれるというこの考え方には、実は人々の間には一致できない箇所もあるという括弧書きを伴います。私は、下から積み上げてゆく「共生」の理念と、上から定義づけられる「共通善」の双方が必要であると考えます。その点、イスラムは、戒律から良き秩序の在り方を規定しております。また、本来の仏教も、戒律からあるべき秩序の理念を提示しております。我々が一神教に学ぶべきところは多いと考えます。
また、鎌田先生からご指摘のあったニヒリズムですが、私が宗教学を志したきっかけに、学生運動が内ゲバからテロへと向かう中で、ある種のニヒリズムを見出したという経験がございます。当時私が共鳴したのが、ソルジェニーツィン、ひいては収容所文学でございます。ニヒリズムを超えてゆくものとして、ソルジェニーツィンはロシア正教の伝統を掲げます。ただ、ソルジェニーツィンはプーチンを強く支持していた人物でもありますから、伝統回帰をあまりに強く掲げることには問題もあると思われます。私は、破局の中にあって、伝統宗教の持つ「共通善」を定義する力と、手近なものから確かなものに沿って生きてゆくという営みに、ニヒリズムを超えてゆく力を見出すのです。破局の予感、終末論はともすると絶対的なものへの回復に終着しがちではありますが、大陸的な宗教性と日本の宗教性の両面を如何に調和するかという問題意識に、私は光を見出したいと思います。
(堀江) ありがとうございました。まず水谷先生のコメントをうかがって、私はムスリム圏とキリスト教圏を比較する国際比較調査を想起しました。それを参照しますと、ニューエイジ的なスピリチュアリティに最も近かったのはムスリム圏でした。ムスリム圏では、ニューエイジ的だと見られる「新しい時代の到来」「内なる神の感覚」といった項目でいずれも高い値が示されました。私自身、フィールドワークの一環として、英国と米国で、イスラムにスピリチュアリティの要素が加わったような催しに足を運んだことがあります。日本人の場合も、イスラムのような外国の宗教を伝統宗教ではなく、新しいスピリチュアリティの一部として理解する傾向があるように感じます。
また、私自身、新宗教二世ですが、教団から離れた後にその教えの根幹を否定するのはなかなか難しかったという経験があります。そのような状況で、視野を広げるために様々な宗教を学ぼうとした時に、スピリチュアリティが視野に入ってきました。スピリチュアリティは、諸宗教を理解する際の共通の土台になるように思えました。統一教会の二世信者のセーフティネットを構築する際にも、スピリチュアリティは積極的な意義を持つのではないかと考えます。
鎌田先生からご指摘のあった絶望やニヒリズムに関して申し上げますと、私はうつとスピリチュアリティの関係性についてインタビュー調査を踏まえた論文を執筆したことがあります。男性の場合、うつを経由してスピリチュアリティに惹かれ、その後もうつとスピリチュアリティとの間を行き来する傾向が見られました。女性の場合、男性とは異なり、漸進的にステップを踏んでスピリチュアリティへの関わりを深める傾向が見出されました。
若者には確たる死生観が存在しないのではないかというご指摘につきましては、確かに死別経験の少なさから、そういう面はあると考えています。ただ、統計的に見ますと、高齢者が若者だった頃に比べて、今の若年層は肉親の死をより多く経験しています。また、希死念慮を抱いていて死を切実に考えている若年層も多いです。彼らが確固たる死生観を持っていないと決めつけることはできません。逆に、あまりに確固たる死生観を持ちすぎると、死生学のなかに見られる死を受容せよと迫る傾向、ひいては命の選別に同意せよと迫る傾向に結びつきかねない危険性があります。と申しますのは、若者ほど安楽死に賛成する傾向があるからです。安楽死合法化を要求するTwitterデモに参加している人には、自殺するのは嫌だが、医療の助けを借りて法律上でも容認された形で合法的に死にたいという願望を抱えている人が多いように見えます。ですが、彼らの死にたいという気持ちは、病気でこんな状況になったら死んだほうがよいという社会の価値観をすり込まれた結果かもしれません。
そのような画一的な価値観ゆえに死を望む現代人の状況を、別の絶対的な価値観を持った宗教に行けばよいというのは根本的な解決になりません。むしろ諸宗教が集まって、これだけは守らないといけないという線引きをおこない、グローバル倫理として打ち立てることが現実的だと考えます。
グローバル倫理は、エコロジーの問題にもつながります。私は生まれ育った地域が足尾銅山鉱毒事件の被害地に隣接しているのですが、強制破壊によって地元を追われた人々と彼らの一部が移住した北海道の人々との関係性が想起されます。住み慣れた土地から離散するというディアスポラの経験をした人々の話を聴くことで、移住先の北海道の人もまた、自分自身が先祖の住み慣れた場所からのディアスポラの子孫だと自覚するという関係性が見られます。そのような悲惨な経験は自分のルーツにもあるし、どこでも起こりうると考えることから、ボトムアップでグローバル倫理を構想することが望ましいと思います。絶対的な信仰への帰依ではなく、一神教の信者もそれ以外の信者も、「最低限同意できる」地平を探ることが重要なのではないかと思います。
(弓山) ありがとうございました。コメンテーターの先生方は如何でしょうか。
(鎌田) 加藤先生は広井良典氏の著作やティール組織を参照しながら、地球倫理の在り方を検討していました。地球倫理にはまさに公共善的な意義があるように思います。教皇は2000年代初頭に「平和への道としてのケアの文化」という年頭所感を寄せたわけですが、この方向性の中にも公共善が訴えられていると思います。
私自身このような動向は支持しますが、その美しいかけ声の実態は何なのかという点も問いかけたいのです。
(加藤) 共通善がまるで夢物語であるかのように語られますが、全ての世界の人が一緒に生きられるという前提に立てば何らかの回答が得られるのではないかと考えております。
また、先程の原先生のご発表にありました革新的な第二バチカン公会議の方向性自体が、私にはティールの組織作りに近いように思われます。一方で、原先生の一神教が頑張らなければならない旨のご指摘は、カトリックの革新的な動向に逆行しているようにも思えました。如何でしょうか。
(原) 一神教を出しましたのは、命令形で権威を背景に押し付けるような共通善ではなく、神から呼びかけられている人間の在り方を核とする、ある種の「回心の歩み」に共感を覚えたからであります。すなわち、権威的な一神教の回復ではなく、刷新された一神教の再解釈ということになろうかと思います。
(鎌田) 「神に呼びかけられている人間」というのは大変重要なキーワードであり、宗教信仰復興の核心であると思います。出口王仁三郎の万教同根・霊主体従とも矛盾しない。つまり、神は一神教の神に限られず、究極的には何でもよいのです。要するに“X”であり、それは地球や宇宙、死者ですらよい。こうした何かしらの呼び声に心を傾ける人間の在り方が、1つの共通善への道筋であると思います。
(弓山) ありがとうございました。先程原先生が一神教の可能性を示唆されたわけですが、私はこれと対になるのが組織の重様性なのではないかと考えます。スピリチュアル的な信念の逸脱を回避し、抑圧構造を回避し得るような「正しい」組織の在り方が模索されているように感じます。島薗先生、ご発表の最後にWCRP等に関するご指摘がありましたが、これは宗教間の対話に共通善の展望を見出す意図だったのでしょうか。
(島薗) 共通善は前述のとおりアリストテレスからトマス・アクィナスに至る系譜に位置づけられますが、近代になって改めて提唱されたものでもあります。第二バチカン公会議以降、カトリックは共通善の復興を掲げてきたと理解しております。その際、政教分離を経た近代という時代の共通善として、私は独善性からの脱却が挙げられると考えております。カトリックの大変革につきましても、フランス革命同様に変化の消化に長い時間を要すると考えます。そのような中で、他の宗教者もキリスト者と同じ真理を見出していると解する神学者が現れるなど、カトリックが唯一無二ではないと認める動きもたしかに存在いたします。一神教の中に多元性を見出す過程で、共通善はどのような役割を果たし得るのかという議論の段階に至っていると私は考えます。
一方で、唯物論・無神論につきましては、科学によって合理的により良い未来を定義できるという考え方がもはや疑わしいと言えましょう。世俗主義の限界は、個々人の良きものを共通の良きものへと昇華させることができないという点にあります。世界の宗教には、長い時間をかけて人々が分け持った共通の良きものが存在します。仏教の場合は「ダルマ」ではないかと思われます。日本人は神仏習合や儒教の影響といった経験も踏まえて、自分たちなりのより良い社会の理念、共通善を示すことができるかもしれないと考えております。それぞれの歴史や伝統に立脚した共通善を突き合わせることで、あらゆる人が共有できる良きものへと発展させる必要があるのではないかと私は考えております。
(弓山) ありがとうございました。島薗先生には最後に様々な宗教伝統から問題をフォーカスしていただきました。本日、多様な思想的背景を持つパネリストの先生方をお招きして行ったこの議論が、宗教信仰復興を模索する1つの道筋となると私は感じております。本日消化しきれなかった点につきましては、京都会場のシンポジウムで改めて議論が行われることになろうかと存じます。皆様、本日は誠にありがとうございました。
以上

一般社団法人 日本宗教信仰復興会議主催シンポジウム「現代における宗教信仰復興を問う」

骨子
 本件シンポジウムは、東京と京都(23年1月22日)の2会場で開催されるところ、11月27日、東京会場(東京ジャーミィ)のセッションの模様は次の通り。なお、ZOOMでも同時参加があり、12月中にはYouTubeの動画配信、並びに全体の記録原稿は、本HPに来年早々の掲載を予定している。
Contents
東京会場 11月27日(日) 「ポスト・グローバリズムと多文化共生」
問題提起:グローバリズムはもろくも崩れて、今やそれを越えた時代が眺望されている。ただしそのあらましも、まだ定かではない。そんな中、確かに言えることは、逆に対置される多様化であり、多元化が軸になるであろうことである。いわば価値観の中央集権化ではなく、地方分権化であり、個別化である。それは世界各地のさまざまな諸要素を活性化させるかもしれない。そしてその際、宗教はどのような位置を占めることになるのか。各地や各状況に対応した宗教信仰が活躍するのであろうか、あるいは多様な思想が飛び交うことになるのであろうか。さらにそういった動向はより広く、文化全般の動向とどのように絡み合うのであろうか。闊達な議論と展望を示す討論が期待される。

11月27日(日)     
13:00 開会、黙祷(進行 水谷周)                               
13:03 クルアーン朗読、挨拶(イマーム・チナル師)    
13:10 挨拶(編集者島薗進、佐藤丈夫国書刊行会代表)     
13:20 討論開始(司会 弓山達也)             
    シンポジスト 加藤眞三、原敬子、島薗進、堀江宗正            
15:00 休憩、礼拝 
13:20 再開 
    コメント(鎌田東二、水谷周)                  
16:30 閉会 

ポイント摘記:4名のシンポジストの発言要旨は、以下の通り。宗教信仰の今後に関しては、すべてが合意されれば宗教は不要となるとの見解もある(加藤)、多様性における一致という課題を一人一人がどう受け止めるか(原)、公共空間における共通善は相変わらず議論が進んでいないが、それは基本問題(島薗)、統計的に見ると日本人は無宗教とはいえない(堀江)などの指摘があった。コメントとしては、現代は進化論的啓蒙主義や合理主義一点張りを超克しようとする時代(水谷)、破局とニヒリズムの時代となりつつあるのではないか、その中での政治と宗教の問題が浮上している(鎌田)といった視点が出された。

発表要旨
(1)加藤眞三:これから迎える時代のための宗教とは
 人類は狩猟社会、農耕社会を経て産業化(工業化)社会を経て、今三番目に大きな転換期を迎えていることを広井は述べている(広井良典「ポスト資本主義 科学・人間・社会の未述」(岩波新書))。F.ラルーはそれぞれの時代の中での組織のあり方を研究するなかで、人類の生産能力とコミュニケーション能力の変化とともに組織づくりの価値観が変化してきたことを報告した(フレデリック ラルー「ティール組織」(英知出版))。そして、現在、存在目的の重視、全体性、自主性を重んじる水平な関係性のティール型の組織が世界の各地で色々な分野において起ち上がり成功していることを報告している。宗教が人類にとっての生き方、価値観を教えるものであるならば、宗教はティール型社会に応じる変化が求められるだろう。また、そのことにより、人類社会の変化は加速されていくのではないだろうか。

(2)原敬子:教皇フランシスコの教会改革2021-2024『シノダル・チャーチ』と日本のわたし
 2015年、現代の教会を「シノダル・チャーチ(ともに歩む教会)」と定義した教皇フランシスコは、2021年から三年の計画(当初は三年、今年10月に2024年まで延期と発表された)でシノドス(世界代表司教会議)開催を発表し、今は、その第二フェーズ、五大陸別の司教会議の最中である。第二バチカン公会議は、カトリック教会の歴史を変える教会改革と言われたが、公会議から60年経った今、その真意が今シノドスにおいて露わにされようとしている。
 世界宗教としてのキリスト教、カトリックは、一つのカテキズム(教理)、一つのサクラメント(秘跡、儀礼)、一つのヒエラルキー(組織としての位階性)により構成される「宗教」とはいえ、いかに多様な「文化」を湛えているかということはおそらく誰もが了解済みであろう。信徒は、いわゆる「多様性における一致」と言われるハビトゥスを身に帯びる実践に参与することになるが、このような宗教に「所属する」と言った場合の宗教信仰をどのように理解すべきであろうか。「日本のわたし」がそれをどう生きようとしているか、言葉にしてみたい。

(3)島薗進:宗教信仰による公共空間の閉塞を超える道
 統一教会問題に見られるように、現代世界では政治と宗教の好ましくない癒着の動向が目立つ。日本だけではない。宗教右派の福音派に手を焼く米国も、正教会を復興させつつ利用しようとするロシアにも、イスラーム主義の動向にも難点が多い。だが、冷戦終結後の世界は、またポスト世俗主義の時代でもある。かつてのように、宗教なしの公共空間こそが平和な世界を築く基礎だとする考え方はますます力を失ってきている。功利主義が前提とするように、共通善のビジョンのない私的な利益追求の調整こそが政治であるとすれば、強い者勝ちの覇道政治を超えていくことはできないだろう。民主主義の行き詰まりを打開していくには、世界観の多元的な併存を前提としつつ、宗教信仰と結びついた共通善のビジョンを立憲主義と政教分離に合致した形で提示していくことが求められる。そして、相互に排除し合うのではなく、対話と合意による秩序形成を目指すことが必要である。公共空間の閉塞を超える、そのような「政治と宗教」のあり方について考えていきたい。

(4)堀江宗正:現代日本の非宗教的スピリチュアリティ〜データから読み解く
『宗教信仰復興と現代社会』所収の拙稿「日本におけるスピリチュアリティの発生と展開」の末尾では、東日本大震災以後のスピリチュアリティを、(1)霊の復権、(2)個人主義的な伝統回帰、(3)政治的両極化に分けて論じ、さらにコロナ禍以降に陰謀論などの極端化の動きが見られることを指摘した。今回のシンポジウムでは、これらの動きを、私がおこなったコロナ死生観調査のデータによって肉付けするとともに、スピリチュアリティが宗教あるいはカルト運動とどのような関係を持っているかを論じたい。
 コロナ死生観調査では、コロナ前と比較して、宗教・スピリチュアリティへの関心が様々な項目で数%ずつ低下している。一方、現代日本人は、懐疑派4割、信仰者3割、SBNR(スピリチュアルだが宗教的ではない=非宗教的スピリチュアリティ)2割に分布することがわかった。信仰者とSBNRを足すと過半数である。若者の間ではスピリチュアリティへの支持が高く、40代から50代のスピリチュアル・ブーム世代以上の盛り上がりを見せている。同時に、SNSの普及によって、個人主義的スピリチュアリティとカルト運動との区別が不明瞭になってきた。伝統宗教の中へのスピリチュアリティの取り込み、伝統宗教への個人主義的な参加、医療・環境・教育におけるスピリチュアリティの制度化、カルト的宗教運動との関係など、多岐にわたる宗教とスピリチュアリティの関係性を概観したい。

おわり

第3回 「いのちの研究会」シリーズセミナー;「無意識の扉を開く」の開催:加藤眞三

骨子
 「いのちの研究会」のシリーズセミナーは、2019年末からのコロナパンデミックの時代を経て、人類がどのような方向に向かうのかについて考え、少しでもよい方向へ向かってくれるようにと社会に向かって発信したいと、2021年4月に発足しました。
Contents
 第1回目は2021年10月御殿場ありがとう寺にて「アフターコロナ時代の医療とケア」(基調講演;加藤眞三)をテーマに、第2回目は2022年2月熱海MOA美術館にて「現代社会のスピリチュアリティの多様性」(基調講演;島薗進)をテーマに開催し、その録画をYouTube上に公開してきました。
 第3回目は「無意識の扉を開く」(基調講演;町田宗鳳)をテーマに、岐阜県垂井町の半兵衛ガーデンにて開催致しました。半兵衛ガーデンは、竹中半兵衛と故郷を同じにする所源亮氏により、「天国に一番近いまち垂井」をテーマに建設された施設の1つです。町田宗鳳の理解者である所源亮氏の協賛により施設を提供していただきました。
 町田宗鳳による基調講演は、近代文明が自我意識を基軸にもっぱら競争原理で展開されてきたこと、そのために個人、企業、国家の間で争いが絶えず、不安が増大してきたこと、宗教の存在感が希薄化する中で自我意識は益々コントロール不能となってきたことから、人類が破滅の道に向かっているかのように見えることが指摘されました。そんな中で、理知のみに頼るのではなく、無意識の扉を開いていくことが「能動的想像力」を引き出し、次世代文明への突破口となりうるのではないかと提言されました。無意識の扉を開くためには、瞑想・スポーツ・芸術などを通じて、日常生活の中において無意識の比重を大きくすることが大切であることが述べられました。基調講演後、鎌田東二の総合司会の下、上田紀行、加藤眞三、島薗進がそれぞれの個人の経験や学識に基づいてコメントをしました。総合討論では、隣接する大垣市より会場に参加された沼口諭(大垣市医師会長、僧侶)にも参加していただきました。また、Zoomにて参加された方からチャット上にコメントをいただき、討論に参加していただきました。
 今回の開催の模様を録画されたものをYouTube上に公開しております。どうぞ、ご視聴下さい。
 なお、第4回は鎌田東二の「ケアとうたとアート」を基調講演に、2022年10月9日午後に京都府亀岡市大本本部を会場に開催する予定です。その時点でのわが国のコロナの感染状況にもよりますが、比較的広い会場を準備しておりますので、皆様の現地でのご参加を歓迎したいと思います。

「いのちの研究会」メンバー 
町田宗鳳、島薗進、鎌田東二、上田紀行、加藤眞三、八木久美子
協賛;一般社団法人日本宗教信仰復興会議、半兵衛ガーデン(所源亮氏)

「いのちの研究会」シリーズセミナー 第2回「現代スピリチュアリティの多様性」の開催:加藤眞三

骨子
「いのちの研究会」は町田宗鳳が2002年から2005年にかけて科学研究費基盤研究(B)「脳死・臓器移植に関する比較宗教学的研究」のために結成した研究者チームの名称です。2021年4月に「いのちの研究会」を再結成することになりました。それは、アフター・コロナの時代に大きな文明の転換が起きることを予感し、「いのちとケアの文明」が訪れることを期待することで5人の研究者(島薗進、町田宗鳳、鎌田東二、上田紀行、加藤眞三)が同意し、文明の転換の方向性を世の中に向けて広く発信していきたいという話し合いの結果です。今後、2年間に計6回のセミナーを開催していきたいと考えています。
Contents
 第1回目は、2021年10月10日に御殿場市ありがとう寺にて開催しました。コロナパンデミックの下であったため、Zoom会議を使ったオンラインでのセミナーとなりました。医師である加藤が「アフターコロナ時代の医療とケア」と題する基調講演をおこない、医療において大きな転換期が訪れていること、医師が指示し患者が従う医療ではなく患者と医療者が対話をできる医療へ、科学中心で物体として身体をみる医療ではなく身体・社会・心理・スピリチュアルの全人的なケアを提供する医療への転換期にあることを提言しました。その後司会の島薗、3人のパネラーより発言があり、対話を行ないました。第1回セミナーの内容は、YouTubeで視聴が可能です。

 第2回目セミナーは、2022年2月27日に熱海市MOA美術館の能楽堂を会場として開催し、対面参加(72名)とオンラインの参加(198名)を迎えて行いました。第2回は「現代スピリチュアリティの多様性」をテーマとし、町田宗鳳の司会の下、島薗進による基調講演を行い、その後に総合討論を行いました。         
 
 島薗氏の講演は、Ⅰ.ポジティブなスピリチュアリティの交流と主流文化への浸透、 Ⅱ. 限界意識のスピリチュアリティ、Ⅲ. ケアと利他のスピリチュアリティの3部により構成され、現代スピリチュアリティの多様性について様々な視点から俯瞰する内容でした。
 Ⅰ部では現代スピリチャリティまでの歴史的な経過が説明され、そして、現在の米国の若者でSBNR(spiritual but not religious)が社会の中で大きな勢力を形成するまでに到った経緯が解説されました。そして、死生学やマインドフルネス、ポジティブ心理学などスピリチュアリティを考慮に入れた科学・医療が起ち上がり、求められていることが述べられました。Ⅱ部では、簡単には超えることができない限界意識からアルコホリック・アノニマスなどセルフヘルプグループの活動や、スピリチュアリティの運動が起ち上がってきたことが述べられました。そして、水俣病の被害者から起ち上がった限界意識のスピリチュアリティについて紹介されました。Ⅲ部では、ドイツのホスピスや現在のSDGsの運動の中に、現代スピリチュアリティの利他性が見られることが述べられ、東日本大震災をきっかけにわが国において弱さや悲しみ、死別の悲嘆に対するケアの文化が起ち上がってきたことが述べられました。
 この基調講演を受けて、4名のパネリストから発言があり、会場およびオンラインの参加者からの質問やコメントをうけた話し合いがもたれ第2回のシリーズセミナーを終えました。第2回セミナーの内容は、YouTube上で視聴することができます。

 第3回セミナーは、本年7月10日に、町田宗鳳による基調講演「新しい文明と無意識」のもとに開催することを予定しています。

 なお、第1回および第2回のセミナーは、日本宗教信仰復興会議および阿部英雄氏の協賛と、ありがとう寺、MOA美術館の協力を受けて開催が可能となりましたことを深謝致します。

第1回「いのちの研究会」シリーズセミナーの発足と動画配信:加藤眞三

骨子
第1回「いのちの研究会」シリーズセミナーを日本宗教信仰復興会議からの支援をいただき、2021年10月10日に御殿場高原「ありがとう寺」にて開催しオンラインで発信し、その録画をYouTube上にアップしました。
Contents
 第1回「いのちの研究会」シリーズセミナーを日本宗教信仰復興会議からの支援をいただき、2021年10月10日に御殿場高原「ありがとう寺」にて開催しオンラインで発信し、その録画をYouTube上にアップしました。
 「いのちの研究会」は町田宗鳳氏が2002年から2005年にかけて科学研究費基盤研究(B)の「脳死・臓器移植に関する比較宗教学的研究」のために結成した研究者チームの名称です。研究概要は以下のような言葉で締めくくっていました。
 「科研費助成による本研究は、一応終止符を打つことになったが、「いのちの研究会」全員が、さらなる研究発展のために共同することを約している。それは、われわれが欧米先進国から導入された生命倫理を鵜呑みにするのではなく、アジア文化の中で育まれた固有の生命観に考慮を加えながら、商業主義に冒されず、しかも普遍性をもつ新しい生命倫理を樹立し、それを社会に向けて発信していくことを念願としているからである。」
 チームメンバーは、その後も各自がそれぞれの場で発信を続けてきましたが、メンバー同士で個別に会うことはあっても、チームとして集い発信する機会を持てないままに過ごしてきました。2021年3月にわたくしが大学を定年退職するにあたり、上田紀行氏から、なにか講演会でもやらないのかと声がけがあり、「いのちの研究」のメンバーに連絡をとったところ賛同が得られたため、チームを再結成しシリーズセミナーを開催することになりました。
 2020年よりコロナパンデミックが訪れ、社会全体が大きく変わることを余儀なくされている時期でもありました。文明史的にみても現在大きな転換期を迎えているとのメンバーの一致した観点より、これから訪れる時代を「いのちとケア」を大切にする文明とするために、社会に向けて発信することにしました。
 第1回目は、わたくしから基調講演として「アフターコロナ時代の医療とケア」をお話しし、その後に、島薗進氏、町田宗鳳氏、鎌田東二氏、上田紀行氏が発言し、総合討論をするというものでした。わたくしの講演の趣旨は、科学が優先し、人間性が軽んじられてきた現代医学に人間性のあるケアを導入するべき時代が訪れている。そして、医療は科学と人間がどのような関係性を持つのかを個人のレベルで考えることのできる場であり、人間と科学が共存する新しい文明を考えるにあたってよいモデルになるだろうというものでした。
 今後、1年に3回のペースの開催で計6回のシリーズセミナーを開催する予定でいます。関心がある方はどうぞご参加、あるいはこちらをご視聴下さい。

「悲とアニマII―いのちの帰趨」でのシンポジウムの開催:水谷周

骨子
日本文化の構成要素の重要な一つとしての「悲」に着目しつつ、生から死に移り行く「いのち」に思いを寄せるような様々な企画が実施されました。京都は堀川を挟んで、彼岸と此岸を想定した2会場で展開されました。本件シンポジウム「宗教信仰復興と現代社会」が当法人の主催行事としては初めてのものとなったのは、コロナのため外部での活動が停止されていたからです。それだけエネルギーが蓄積されていたようなもので、シンポジウムにおいては五名の全理事と会場となった建仁寺内両足院の伊藤東凌副住職(コメンテイター)の間で熱気のこもった議論が交わされました。以下はその模様全般、議論の概要、そして筆者の感想を手短にまとめたものです。
シンポジウムのチラシはこちら
パンフレットはこちら
Contents
1.シンポジウムの模様

本堂をお借りできたのですが、これ以上の場所はありません。嫌でもシンポジウムのテーマに集中させられます。多数の参加者もその模様で、すっかり雰囲気にはまっていた様子でした。幸い暖冬のお陰で、春うららという風情でもありました。持参した「祈りのこけし」
(本HP「祈りのこけし」物語参照)は会場の最前列の中央に安置されて、その背景説明と共に、見る人に祈りの気持ちを引き出すという効用を発揮していました。

こけし

全理事の写真

2.議論の概要
信仰復興を目指してよく見られた現象は、浄化ということでした。それは逸脱したものを排除しようとするのです。しかし他方ではあらゆる流れを総合して包括することで、復興を成し遂げた例(20世紀カトリックの第2バチカン公会議など)も見られます。こういう諸例を勘案しないと全体の議論は成立しない点は、要注意です。
「いのち」の帰趨を思わせる事態は様々にあります。大きな災害など悲惨な出来事はもちろん、重病もそれに当たります。人は窮地に立つと祈ることが多いのですが、非常時におけるそれだけではなく、平時における祈りも重要。それは人としての自然なこころの営みなので、祈ることで人としてのバランスを復興させることにもなるからです。
戦後の日本では無宗教とさえ言われるほどになりました。しかしいわゆる新宗教の興隆もありました。その後その勢いは今一つと見られる一方で、既存の宗教に満たされないスピリチュアルな活動も勢いづいてきました。こういった魂の躍動はこれからどのように展開されるのか、それはどのような導きを求めることになるのか、多くの思索と検討が求められているのが現状ではないでしょうか。
教育の重要性は言うまでもないところ。特に戦後の日本社会では宗教に関する教育は、政教分離の掛け声の下で、疎んぜられてきました。宗教の固有な歴史的役割については、教育課程にもっと組み込まれる必要が認められました。
なお本シンポジウムの内容は、『宗教信仰復興叢書』第1巻の後半部分に収録されますが、同書は2022年夏以降の出版となるでしょう。

3.感想
彼岸と此岸を橋渡しする格好で企画されたこと自体、宗教信仰の真髄を突くものです。というのは、現世の事象を来世の脈絡でとらえることは、信仰そのものだからです。言い直すと、殺生して悪いという気持ちが起こるのは、そこに何かが宿りその何とはすなわち、永遠の仏や絶対主に繋がっている崇高なものがあると発想するためです。この発想が宗教信仰です。
それにしても、生きとし生けるものの帰趨は死です。それは嫌とかどうということではなく、厳然たる事実であることは誰しも知っています。江戸時代の知恵者で温厚な僧侶として知られた一休さんは、道を歩くとき杖に骸骨をぶら下げていたそうです。白骨こそは、右の事実が逃げることができない形で迫っていることを知らせ、人に自省の機会を与える最良の道具ということでしょう。宗教信仰とはこの事実を正面から認めて、それに即した心構えと生活態度を堅持することを求めるものです。
なお本シンポジウムのような機会は、今後とも機会を見つけては各地で実施できれば良いのに、という気持ちも持たせられました。それほどに参加者の気持ちが一致し、信仰復興を叫ぶ声をさらに現代の日本社会に大きくして行く必要性が感じられたのです。これからも悲惨な局面に出くわすことでしょう。しかしそれを待たずとも、人の「こころ」のバランスを堅持させてくれる信仰の貴重な役割と効能、功徳に関しての、理解と実践が求められる時代です。今がそれを呼び掛ける好機であるともいえるのではないでしょうか。

宗教者と被災者―寄り添い型の支援活動の広がり―(似田貝香門・吉原直樹編『震災と市民2 支援とケア』(東京大学出版会、2015年8月)より):島薗進

要旨

 東日本大震災後、宗教者による支援活動が目立った。津波被害地では、多くの住民が寺院に避難した。そして長期にわたって寺院が避難所として機能する例が少なくなかった。僧侶による読経等の慰霊・追悼の儀礼も不可欠のものと感じられた。新聞に読経する僧侶の写真が掲げられることが多かったが、これは珍しいことである。
宗教者による支援活動も活発に行われた。ボランティア活動に宗教者や宗教団体が加わって大きな働きをすることも目立った。また、心のケアの領域で宗教者の活動が注目された。一九九五年の阪神淡路大震災のときも「心のケア」という言葉が注目されたが、そのときは主に精神科医や臨床心理士が行うものとして報告された。しかし、東日本大震災後の状況では、宗教者が重要な役割を果たしていると報告されることが多い。
これは、一つには地理的な条件が作用している。阪神淡路大震災では、神戸と中心とした大都市圏が被災地だったが、大都市では寺院や神社などの宗教施設と地域住民のム図美付は弱い。共同体の宗教が目立たぬものになってしまっている。これに対して、東日本大震災の被災地となった東北三県の沿岸地方や放射能被害を被っている地域では、伝統的な宗教文化が今も力を保っている。たとえば、葬儀や法事には今も多くの住民が参加する傾向がある。
しかし、宗教が災害支援に翁役割を果たした理由を、地理的条件だけで説明するのでは不十分だろう。時代の転換という要因もあるのではないだろうか。宗教者や宗教団体の災害支援活動の多くは、伝統的な宗教者や宗教団体の活動の様式とは色合いを異にしているようだ。
それを一言でいうと、「寄り添い型」の支援ということになるだろう。宗教側が出来合いの教えを提供するというよりも、被災者の苦しみ、悲しみや求めるものに応じて、臨機応変の支援活動をするという傾向だ。それはまた、宗教者であるとともに自らを苦しみ奈悩む者の立場に置いて、支援しようとする姿勢でもある。
寄り添い型の支援活動を進めていくと、宗教や宗派の別を越えて活動する必要が高くなる。行政や地域社会の側も、特定宗教による支援は受け入れにくいが、宗教・宗派横断的な機関が媒介すると、宗教側の支援を受け入れやすいという事情がある。こうした事情を反映して、東京では二〇一一年四月一日に宗教者災害支援連絡会が発足した。これについては、筆者が「宗教者と研究者の連携」(二〇一三年)という文章であらましを紹介している。
ここでは、東日本大震災の被災地で、地域社会に根を下ろした支援活動を展開してきた宗教者の活動を取り上げる。それも全体像を描くというのではなく、少数の人物を取り上げ、新しい形態の支援活動のあり方が広がっていった背景を描き出していくことにしたい。

Contents
一、震災の苦難から立ち上がるケア
僧侶らによる移動傾聴喫茶
東日本大震災後には、津波の被災地で多くの住民と僧侶の間で、死別の痛みを抱える人々の悲嘆の受け止めがなされた。東日本大震災で被災者を力づける働きをした宗教者の活動の一つに「カフェ・デ・モンク」がある。「宮城県復興応援ブログ ココロプレス」に掲載された「「カフェ・デ・モンク」は移動傾聴喫茶。お坊さんが文句を聴きますよ」(二〇一二年二月二〇日)という記事(http://kokoropress.blogspot.jp/2012/02/1.html )と北村敏泰氏の『苦縁』(二〇一三年)の記述にそって説明しよう。
お坊さんたちが軽トラックに喫茶店の道具一式を詰め込んで、被災地を巡る「移動傾聴喫茶」。おいしいコーヒーを無料で提供しながら、被災者の話を聴くなごみの空間を提供しています。その前代未聞のプロジェクトを立ち上げたのが、築館にある通大寺の金田諦應住職。」(「「カフェ・デ・モンク」は移動傾聴喫茶……」}
金田氏が住職を務める通大寺は内陸の栗原市築館にある。栗原は県内最大の揺れに襲われ、通信・交通が厳しい状況では他地域の実情は分かりにくかった。だが、津波で多くの人命が失われていることは携帯ラジオを通じて当日から分かっていた。その夜、金田氏は満天の星を見上げた時、南三陸の海に数限りない遺体が漂う光景を思い浮かべた。そして「私とあなたの区別が消滅する感覚にとらわれた」という(『苦縁』、二七〇ページ)。
一週間後から40キロ離れた南三陸町から市内の火葬場に遺体が運ばれるようになった。「最初に来た遺体は2人の小学生。仲良しだった2人を、せめて一緒に荼毘にふしたいというご両親の願い。若いお坊さんたちは震えていました。身を震わせ、声をつまらせながらの読経。もうね、お坊さんたちもフラフラになりながらお経を上げ続けましたよ。」(「「カフェ・デ・モンク」は移動傾聴喫茶」)

自他不二と慈悲
金田氏はそう述べているわけではないが、「私とあなたの区別が消滅する」というのは、大乗仏教で「自他不二」「自他一体」「自他互融」等の用語で示される境地を意識したものだろう。慈悲の実践を支える倫理は「自他不二」の境地から発するものと理解されている。中村元の『慈悲』(一九五五年)にはこう述べられている。
“慈悲の実践とは、他の視点からみるならば、事故と他人とが相対立している場合に、自己を否定して他人に合一する方向にはたらく運動であるということができる。それは差別に即した無差別の実現である。(九三ページ)”
この思想を定式化した大乗仏教の先達はシャーンティディーヴァ(寂天、六五〇年頃~七五〇年頃)で、「修行者の理想は「自他平等」(parāmasamatā)であり、「他人を自己のうちに転廻せしめること」(parātmaparivaratana)をめざさなければならないと述べた。はるかに時代が下るが、鈴木正三(一五七九-一六五五)は「自他無差別を知るは理也。慈悲心を専とするは義也」と述べている。
震災が襲った当日の夜、金田住職が体験したものはこの境地に通じるものだろう。「この自然の、この宇宙の、なんと残酷で、悲しく、美しいことか。このときに、宇宙まで抜けていく感覚というのかな、命がひとつになった感覚を味わった。」それはまた、宮沢賢治の「なめとこ山の熊」の末尾で、漁師の小十郎を熊たちが悼む場面を思わせるものでもあった。(「「カフェ・デ・モンク」は移動傾聴喫茶」)
「なめとこ山の熊」は仲間たちの死と非情な運命に耐えて生き延びていかなければならない生き物の悲しみと、悲しみを内に抱え込むが故にやさしく他をいとおしむ慈悲の力が小十郎と熊たちの連帯を通して描かれている。金田住職の姿が小十郎と重ね合わさってしまう逸話だ。

四十九日の行脚とそこでの思い
金田住職は震災から四十九日の弔いに、南三陸の海辺に読経の行脚をした。
節目でもあるので、犠牲になった方々への鎮魂をこめて、南三陸町へ合同行脚したという。お坊さんと牧師の12名。諦應和尚は灯りを持って歩いた。“命の灯り”として……
自衛隊員も大勢いて、黙々と遺体捜索をしていた。なんとか四十九日までに探し出したい、というのが伝わってきましたよ。この日、6名の遺体が見つかった。しまいには涙でお経が読めなくなった・・・これをやりながら自問が湧き上がってきたのよ。“宗教ってなんなんだ!現実ってなんなんだ!”って。神も仏もなくなったような状態だったからね。あの瓦礫を見てさ。“神ならびに仏の成せる技とはこんなものか!”と。(「「カフェ・デ・モンク」は移動傾聴喫茶」)
この時、廃墟の傍らの山桜の美しさに目を奪われた。「目の前の惨状も、鮮やかな花も、同じ神仏の力なのだ」と仏法の核心にふれた思いがしたという(『苦縁』二七一ページ)。
四十九日の後、僧侶仲間で炊き出しを始めたが、すぐに「移動傾聴喫茶をやろう!」と思いついた。震災当日の、また四十九日の体験を踏まえ、宗教者だからこそやれる支援とは何かについて考えて、得られたアイディアだった。

苦の現場に向かう伝統仏教
東日本大震災では日本仏教の力が見直された。苦難の中にある人々に手を差し伸べ、折れそうな心を支え沈みそうな心をすくいあげる働きが目立った。ここまで述べてきた僧侶たちの働きはそのよい例だ。
日本仏教史をひもとけば、そのような仏教の働きはふんだんにあって、まったく珍しいものではないのだが、第二次世界大戦後、伝統仏教が苦の現場から離れて浮き世から遠いところにいるという印象が強まっていった。浮世離れしている、だがそれにしては俗化しているお寺というイメージだ。
「葬式仏教」という語は一九六〇年代初めに使われるようになったもので、そんな伝統仏教への苛立ちが含まれていた(圭室諦成『葬式仏教』)。折しも新宗教は大発展期で、在家仏教を唱える霊友会、立正佼成会、創価学会などが急成長をとげていた。菩薩行としての苦の現場での助け合いは、これら新宗教教団においてきわめて活発になされていたが、伝統仏教教団の寺院は人々とふれる場が葬祭に特化して、いのちの通わないものになっている、そう感じられるようになった。だが、カフェ・デ・モンクの例を見れば、それは錯覚だったかと思われてくる。苦の現場に赴いて人々を支える伝統仏教の僧侶の働きは目を見張るものがあった。

教えを説かないカフェ・デ・モンク
知人のパティシエに頼んで作ってもらったケーキ、テーマ音楽はセロニアス・モンクのジャズ、愛称は「ガンジー金田」と遊び心も織り込まれている。車から降ろして立てる小さな案内板には、こう書かれている。
“Café de Monk”はお坊さんが運営する喫茶店です。
Monkは英語でお坊さんのこと。
もとの平穏な日常に戻るには長い時間がかかると思います。
「文句」のひとつも言いながら、ちょっとひと息つきませんか?
お坊さんもあなたの「文句」を聴きながら、一緒に「悶苦」します。
この「カフェ」では、たとえばこんな会話が行われる。
娘「あれ(訃報が届く寸前に窓辺にきた鶯)はじいちゃんが最後の別れを言いに来たんじゃろうか」
金田住職「その通りだよ。じいちゃんだ。命は皆、つながっているんだから、今度はトンボになって来るかもしれん。だから寂しがらんとね」(『苦縁』二七二-三ページ)。
多くの被災者がここで心慰む時を過ごした。金田住職は伝統仏教の底力を示したとも言える。だが、そのやり方は創意に満ちていてユニークだ。けっして上から既存の教えを説くのではない。「傾聴」の姿勢で寄り添う。曹洞宗固有の教えは話の中に出てこない。また、宗教・宗派を超えて「心の相談室」に集う宗教者が協力する。ともに祈りの行脚もする。

「心の相談室」の新しさ
「心の相談室」は仙台で3.11直後に立ち上がった連合体だ。宮城県宗教法人連絡協議会に属する団体の宗教者が斎場で合同で慰霊にあたったところから始まった。仙台で長く終末期の看取り、とりわけ在宅の緩和ケアにあたってきた岡部健医師を室長に、東北大学の宗教学研究室に事務局を置いて活動を始めた。宗教者、医療者、宗教学者、グリーフケアの専門家などの協力で活動を続けている。(高橋原「「心のケア」に大きな力――宗教の果たす公共的役割とは」)
「心の相談室」の活動は、市営斎場で行われる毎月の合同慰霊祭、宗教者による無料電話相談、宗教者が仮設住宅を回って開く傾聴喫茶カフェ・デ・モンク、ラジオ版カフェ・デ・モンクの放送など。
ラジオ版カフェ・デ・モンクは当初は岩手、宮城、福島の3県でFM放送されていたが、その後エフエム仙台のみとなり、二〇一四年春まで続いた。毎回、ゲストがインタビューに答えて語るもので、被災者や支援者の心に届くメッセージを届けようとしている。宗教者が多いが、学者や文化人も登場する。金田諦應住職ら「心の相談室」がプランを立てて行っている。
宗教・宗派を超えるということは、「寄り添う」という姿勢と密接に関わりあっている。苦難を被っている人たちの求めるものにそって応答する。こちらからすでにある教えを伝えて分かってもらうというのではない。相手の気持ちに近づいて、それをできるだけ理解し、ともに感じ受け止めるようにする。

手のひら地蔵
「手のひら地蔵」もそのような意図にそって用いられるようになったもので、地蔵を通して仏教の教えを説こうというのではない。この「手のひら地蔵」は金田住職が栗原市の僧侶たちと相談しながら作られるようになった。栗原市の陶芸家が滋賀県信楽産の粘土の無償提供と上薬がけ、窯焼きで協力、僧侶たちが主に一〇センチ前後の陶製地蔵を作る。子どもや乳児、野球少年、仙人など個性豊かな地蔵を作り、津波で亡くなった故人の形見してもらおうというものだ(『河北新報』二〇一二年五月二六日)。僧侶の手作りの「手のひら地蔵」がカフェ・デ・モンクで被災者に手渡される。
瞬時に故人を思い浮かべ涙にくれる人もいる。死者の霊を身近に如実に感じる人もおり、死者の霊を慰めるための祈りのよりどころともなる。心にわだかまっていた思いが表現の場を見いだす。グリーフケアとして抜群の力を発揮する。これを仏教の教えで説明することもできるだろう。それは宗教者の側の課題だが、被災者が今求めていることではない。金田諦応住職らのカフェ・デ・モンクは、被災者の心を解きほぐし、悲しみに耐えるのに貢献した。手のひら地蔵を手にすると、にわかに思いがこみあげて涙ぐみ、死者との心の交流がよみがえる。そこに死者が顕現する。それを自宅の居間に置いておけば、死者の霊が身近にいるように感じられる。死者の霊を慰めるための祈りのよりどころともなるだろう。大切な同伴者や親子を喪った方々に、手のひら地蔵は大きな力となった。スピリチュアルケアの場として、カフェ・デ・モンクが果たした役割を象徴するアイテムだ。

二、宗教者として被災者として
曹洞宗の若手僧侶の災害支援
福島県伊達市霊山地区の成林寺は二〇一一年から一三年にかけて、全国曹洞宗青年会震災支援現地対策本部が置かれた寺院だ。この地域は放射線量が比較的高い地域だ。定林寺副住職で、さらに放射線量の高い小国地区にある龍徳寺の住職でもある久間泰弘氏は、震災直後から現地対策本部長として同会の支援活動の中心になって働いた。その後、支援の拠点は福島市に移ったが、氏は全国曹洞宗青年会顧問兼災害復興支援部アドバイザーとして引き続き支援活動に多くの時を費やしている。
『Actio』誌二〇一四年六月号にはジャーナリストの川崎陽子氏が、二〇一三年八月と一四年四月の二度にわたり、久間氏に聞いた話をまとめた記事が掲載されている、「福島県伊達市の住職・久間泰弘さんに聞く 被災地でいのちの声に耳を澄ます」と題されたこの記事は、震災に向き合って行われてきた曹洞宗青年会の支援活動の実態と、福島原発災害の今なお続く重苦しい被害の実情を明らかにしている。私は二〇一二年春から何度かこの成林寺を訪問し久間氏の話をうかがう機会があった。川崎氏の記事は、私がうかがった話と重なる点が多く私の聞いた話を裏書きするところが多いので、長く引用させていただく。
久間氏は震災直後、布団マットの手配や簡易更衣室の設置など、現場の要望を関係機関に届ける役割も果たした。今も福島・宮城・岩手の三県で約三〇ヵ所の仮設住宅を、一日二ヶ所、週平均二回の割合で訪問し続けている。仮設住宅では集会所で茶菓をふるまい、被災者の話に耳を傾ける。曹洞宗ではこれを「行茶」とよび慣わしている。

原発被災地の困難
久間氏はこの三年間、福島県だけではなく、岩手県、宮城県でも多くの被災者の話を聞いてきた。イベントをしたり楽しい時を過ごす工夫もしてきた。だが、宗教者だからこそ頼られるというような場合もあった。「法話など有難い話を聞いて涙を流したいとか、今の環境から自分の境遇を切り離すというのですかね、宗教的なところに自分の気持ちを委ねたいと言う方もおられます」(一二ページ)。信頼を得ることによって、深い悲しみや苦しみを打ち明けられることも多い。
被災地は、日常生活で格差のある人々が一つの箱に投げ込まれたような状態なので、実際に行ってみると、平常時よりも差別とか偏見とかがいっぱいあります。家庭内不和などがあると、避難所や仮設住宅で我慢の限界を超えて、人は爆発しちゃうわけですよ。精神面で追い込まれますよね。
『チャイルドライン』という無料電話相談の活動で私が受けた電話では、女学生が『帰りたくないので、これからどこかに行きます』と言って電話を切ったことがありました。『これからどうしたらいいんでしょうか』とか、そういう話がいっぱいあるんです。(同前)
久間氏は、報道はされないが自ら命を絶つ人が増えていると捉えている。以下は二〇一三年八月に川崎氏が聞いた言葉だ。
避難するとか除染をしてもらうといった選択肢がないままに、追い込まれて死を選んだ人が増えています。あとの人に迷惑がかからないようにと死んでいく人もいます。
最初の一年は踏んばれた部分はあるが、水俣病問題に象徴されるようにこれからが大変です。みんな疲れており、ほとんど半病人状態。地元の社会福祉協議会やボランティアたちなども、被災者の自立が大切なことはわかっているが、体は動かず気持ちも向かない。マンパワーも足りないが、日本の政府や自治体の長に、トータルなヴィジョンを提示する能力がない。当座はわかりやすくていいので、それ(ヴィジョン)を出して人の命をつなげないと、人は死んでいきますよ。復興とか急場を担当する人は、それだけやればいいんですよ。政治生命などにとらわれない人間がやればいい。(一二―一三ページ)

地域社会の分断と寺院の役割
久間氏が「水俣病問題のように」と言うのは、住民同士が対立したり差別が生じたりして、近隣や家族のなかにまで分断が入り込んでしまうような状況を指すものだろう。甚だしい困難は龍徳寺のある小国地区で生じた。
小国地区など伊達市の一部では、年間積算放射線量が二〇ミリシーベルトと測定された世帯が二〇一一年六月と一一月に「特定避難勧奨地点」に指定されたが、すぐ隣でほとんど同じ状況の世帯は指定からはずされるというようなことが起こった。そして、二〇一二年12月にその指定も解除され、小学校を地域で再開することになった。ところが、2013年春、七名入学予定だった新入生がゼロになってしまった。避難先からのスクールバスが廃止になったので、長距離を親が送り迎えしなくてはならず、やむをえず避難先の学校に入れることになった。「子どもの入学がゼロ。すなわち未来がゼロになると捉える人って多いんですよね。子どもはやっぱり未来ですから」。もし小国地区が子供がいない地域になるとすれば、そこにある龍徳寺の未来も危うい。四百年から五百年にわたる歴史をもつ寺院だが存続の危機にさらされているのだ。
二〇一三年から一四年へと時は移るが、その間に状況はさらに悪化しているという。
ある意味、皆さんやっぱりしんどく、雰囲気的に重くなってきている感じはします。しんどさというのは、復興がいつまでも進まないということ。あとは原発事故があるので、将来像を描きにくいというのは、昨年の夏からずっと変わってないですからね。ええ、あきらめですね。自嘲気味に話す方が増えてきたことが、気になっています。
先日県内での行茶で、いつもお会いするおばあさんが、今回は見送りに私のそばに寄って来て言ってくださったんですよ。『遠いところをいつもありがとうございます。いつも本当に助けてもらって。待っているんですよ。また来てくださいね』と。その時の眼差しがね…。二年は経ちましたけどまだまだそういう方がおられて。私は、能登半島や中越沖地震でも、そして今度の震災以降もずっと行茶の活動をさせていただいているんですが、本当に大変なんだなあと改めて思いました。その方の眼差しがずっと忘れられなくて、その日はよく眠れなかったです。(一二ページ)
「分断」「孤立」とともに、未来を奪われているということが被災者を苦しめている。そんな被災者の気持ちがよく理解できるのは、放射性物質による被災の大きい地域に位置する寺院の住職・副住職として、自ら苦しんできた経験が作用しているに違いない。

おわりに
金田諦応氏と久間泰弘氏を例に、東日本大震災後の宗教者・宗教団体による支援活動の新しい特徴について素描してみた。そこでは、苦しむ人々の側に近づき、人々に寄り添いながら支援活動をしようとする姿勢が見られる。
これは東日本大震災後に急速に始まった動きではない。それ以前から災害支援や死に行く者の看取りを通して広がってきていたものである。金田氏や久間氏はこれまでの僧侶の活動とはいくらか色合いが異なる寄り添い型のケアの意義をよく理解している宗教者である。
宗教者や宗教団体が宗教・宗派の別を越えて、寄り添い型の支援活動に取り組もうという動きは、仙台の心の相談室にだけ見られるのではなく、各地で形をなしてきている。これは宗教的な多様性が多く、またチャプレン制が育っていなかった日本の宗教土壌の上に、新たに展開してきているものだ。行政側もそれをよい傾向として理解しているようである。今後は、広く市民社会において宗教者や宗教団体の支援がもっと積極的に受け止められていく可能性があると思われる。

参考文献
川崎陽子「福島県伊達市の住職・久間泰弘さんに聞く 被災地でいのちの声に耳を澄ます」『Actio』二〇一四年六月号
北村敏泰『苦縁』徳間書店、二〇一三年
久間泰弘「原発事故を子どもと共に生きて行く――福島の子どもは、いま」『ぴっぱら』二〇一四年五-六月号
島薗進「宗教者と研究者の連携」稲場圭信・黒崎浩行編『叢書 宗教とソーシャル・キャピタル4 震災復興と宗教』明石書店、二〇一三年
高橋原「「心のケア」に大きな力――宗教の果たす公共的役割とは」『中外日報』二〇一二年九月八日号
圭室諦成『葬式仏教』大法輪閣、一九六三年
中村元『慈悲』平楽寺書店、一九五五年
柳田国男『遠野物語』(『定本柳田国男集 第四巻』筑摩書房、一九六八年、所収)

巨石ハンター(巨石カメラマン)須田郡司氏紹介 鎌田東二

わたしが須田郡司さんと初めて会ったのは、拙著『場所の記憶―日本という身体』(岩波書店、1990年)を出した翌年の1991年だったと記憶する。須田さんは今は世界遺産となった沖縄最高の聖地の斎場御嶽などで全身ヌードとなってセルフポートレートなどの写真を撮影していた。
ある場所でわたしが講演をした時、須田さんが『場所の記憶』を手に聞きに来てくれて、その際、聖地とセルフヌードという鮮烈な組み合わせのいくつかを見せてもらい、それ以後、わたしの聖地巡礼のよき友とも同志とともなって今日に至っている。そして、山梨県の金峯山登拝を皮切りに、沖縄、天草、白神山地、アイルランドの島、イギリスのストーンヘンジなどなど、国内外の聖地巡りを共にしてきた。その際の失敗談や武勇伝には事欠かないくらいである。
また、拙著『宗教と霊性』(角川選書、1995年)、『聖地への旅―精神地理学事始』(青弓社、1999年)や『ケルトと日本』(角川選書、2000年)、『神道のスピリチュリティ』(作品社、2003年)などのカバー写真をいくつも提供してもらっている。また、須田さんの著作『日本の聖なる石を訪ねて』(祥伝社、2011年)の中でも対談をしている。
その須田郡司さんの東日本大震災の被災地を巡る十数回に及ぶ訪問の際の写真展を当会議が助成することになったので、ここに関わりの深いわたしが須田郡司さんのプロフィールを紹介したい(鎌田東二、2021年5月2日記)

◉須田郡司 プロフィール
1962年群馬県沼田市生れ。現在、出雲市在住。
写真家・巨石ハンター・VOICE OF STONE プロジェクト代表。
琉球大学・写真専門学校卒業。雑誌カメラマンを経て独立。国内や世界50カ国以上を訪ね、聖なる石や巨石を撮影。古くから信仰される磐座(いわくら)や石神、伝承や伝説を持つ巨石、奇岩や怪石などの景勝地、アニミズムを感じさせる原初的な石・巨石の世界に魅かれる。日本石巡(2003∼2006)、世界石巡礼(2009∼2010)を行う。2004 年より巨石文化の魅力を伝えるため「石の語りべ」講演活動を展開。「石の聖地」研究、巨石マップ制作、「巨石ツアー」のコーディネートを行っている。
2020年島根大学大学院・人文社会科学研究科修士課程修了(文化人類学) 修士論文:「出雲地方の巨石信仰~石の聖地の比較研究」

■著書
『VOICE OF STONE~聖なる石に出会う旅』(新紀元社、1999)、写真集『日本の巨石~イワクラの世界』(パレード出版、2008)、『日本石巡礼』(日本経済新聞出版、2008)、『世界石巡礼』(日本経済新聞出版社、2011)、『日本の聖なる石を訪ねて』(祥伝社、2011)、『月刊たくさんのふしぎ「おおきな石」』(福音館書店、2013)、写真集『石の聲を聴け』(方丈堂出版、2020)などがある。

■主な写真展
地質標本館(つくば,2009・2011) モンベルサロン巡回展 (町田、神戸、高松、岡山、名古屋、金沢、京都、青森、渋谷2011~2012) 多賀町立博物館(多賀、2012) 奥出雲葡萄園(雲南、2015) 、奥出雲多根自然博物館(島根)、河原城(鳥取、2018) 安来図書館(安来、2019) 野草広場(袋井、2019) ギャラリー5610(港区、2020)

■講演実績
NPO東京自由大学(東京)、三松幼稚園(静岡)、早稲田大学(東京)、明治大学(東京)、荒神谷博物館(島根) 、(公財)深田地質研究所(東京)、京都芸術大学大阪藝術学舎(大阪)、(社)東京地学協会(東京)、メディアセブン(埼玉)、地質標本館(茨城)、多賀町立博物館(滋賀)、出雲科学館(島根)、安来高校(島根)、安来図書館(島根)、隠岐の島町図書館(島根)、他にギャラリー、神社やお寺、カフェ、カルチャーセンターなど多数。

■執筆履歴
読売ウィークリー(読売新聞社)、サンデー毎日(毎日新聞)、アエラ(朝日新聞)、新潮 45 (新潮社) 、週刊朝日(朝日新聞)、週刊文春(文芸春秋社)、週刊現代(講談社)、ムー(学研)、週間金曜日(株式会社金曜日)、週刊ポスト(小館)、BE-PAL(小学館)

■テレビ・ラジオ出演
スカパーTV mondo21 山田五郎『新マニア解体新書』巨石マニア 2008
フジTV「ザ・ベストハウス 123」2008
NHK「こんにちはいっと6けん」2010
ニッポン放送「上柳昌彦 ごごばん」2011
FM 横浜の柳井麻希、小山薫堂の「 FUTURESCAPE」2012
J-WAVE 別所哲也の「TOKYO MORNING RADIO」2013
静岡朝日テレビ「ピエール瀧のしょんない TV 」2016
朝日放送「日本人と石の物語~voice of stone~」2017
NHK R1「石丸謙二郎の山カフェ」2021年3月6日放送
NHK BS「美の壷」巨石特集出演予定 2021年6月放送予定

オンライン参拝でも求められる宗教者との交流 弓山達也
(掲載紙『中外日報』2021年2月26日)

東工大で宗教学を教えていると言うと不思議そうな顔をされる。理工系大学と宗教というのがミスマッチなのだろう。ただ学部と大学院で4コマの宗教学の講義の他、学部生向けの宗教学ゼミも開講している。
このゼミでは現地調査や若手信仰者との意見交換を行ってきた。しかしコロナ禍で遠隔授業となり、こうした実践型の講義ができなくなった。遠隔なら、ということでオンライン参拝調査をゼミ生と実施した。
インターネットを介した参拝自体は今に始まったことではない。ウィンドウズ95が出た直後から始まり、こうした動向に関する本紙連載記事が井上順孝編『IT時代の宗教を考える』として2003年に出版されている。06年には神社本庁がネットによる参拝・祈願・お守り等の頒布に注意喚起をして話題となった。こうした経緯もあって、オンライン参拝のサイトはたくさんあって、現実さながらの体験ができ、信仰上の効果があるものと思っていた。ただゼミ生たちと調べていくうち、そうでもないことが判ってきた。
ゼミでは「オンライン参拝は宗教の代替となるのか」という問いを立て、サイトの収集・検討を進めた。この際の着眼点を、〈神聖性〉を感じさせ、もし自分が信者ならサイトの体験が心の拠り所となるような〈信仰心〉を育むもの、そして教えを学ぶ〈規範性〉、他の閲覧者との一体感や連帯感という〈集団性〉、これを人に勧めたいと思う〈継承性〉の5点とした。
さて調査を始めて、写真だけのものなどを除くと、オンライン参拝に値するサイトがそう多くないことに気づいた。18人のゼミ生で集めたのは70余のサイトだった。そして意外だったのは、文字通りオンライン参拝できる体験型よりも、動画視聴のオンデマンド型が多かったことである。ゼミ生は70余のサイトから体験型とオンデマンド型それぞれ六つの候補を選び、それを先の五つの着眼点から講評し、両タイプから1位を決めていった。
講評と議論を聴いて面白いと思ったのは体験型に対する不評である。なるほどゲーム世代にとってオンライン参拝のリアリティーはどれも物足りないものだったようだ。今回は日本のものに限定したが、MUSLIM3Dというドイツのサイトはゲーム感覚でイスラーム文化が学べると高評価だった。国内体験型の1位は東京禅センターオンライン坐禅会。ゲームではなく、1日2回の坐禅指導である。ズーム開催なので参加者の顔も見え、終わった後には雑談する時間もある。
一方、オンデマンド型も海外のサイトの秀逸さが目立ち、モルモン教のクリスマス礼拝には圧倒された。
国内の1位は、りょーしょーお寺チャンネル。これも読経動画配信ではあるが、動画は毎日更新され、住職がチャットや参拝者の声を拾いつつ、それに応えるところが高く評価された。
オンライン参拝といえども、インターネット技術を駆使してというより、むしろ対面と同じような、またはそれ以上にきめ細やかな宗教者との行き交いが、少なくとも若い世代に支持されたことは、コロナ禍の宗教行事のあり方に示唆を与えるものであろう。

悲とアニマⅡ~いのちの帰趨~
Grief and Anima II: from Life to the Mother Nature

(主催:現代京都藝苑2021)

企画趣旨

 2015年3月に北野天満宮で開催した「悲とアニマ」展は、伝統的な日本的感受性とは何かを理論と実践の両面から考察する日本学術振興会科学研究費助成事業「モノ学・感覚価値研究会」の活動の一環であった。当時、2011年3月11日に発生した東日本大震災の記憶が徐々に薄れつつある中で、改めてそれがもたらした衝撃と向き合い、そこから名もない全ての生の悲しみに心を寄せつつ、社会の安寧と賦活の方向性を模索する現代美術の展覧会であった。古今東西の叡智が教えるように、生の充実は死と向き合う中にあり、そこにこそ伝統的な日本的感受性も自ずから現代的なかたちで立ち現れると考えたのである。
2020年、私達は新たに新型コロナウィルス禍に見舞われた。これまで盤石と思われていた近代文明が想像以上に脆弱であり、誰もが底知れぬ不安に包まれる中で、今改めて本当に大切なものとは一体何かが問われている。その手掛かりは、進歩至上主義の時代には隠蔽されてきた死を見つめ直し、古来人間がそうであったように母なる大自然への畏敬の念を想起する中にあるのではないかと思われる。この観点から、東日本大震災から10年目の2021年に、私達は改めて現代美術の展覧会「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨~」展を開催する。第1会場である建仁寺塔頭・両足院では「彼岸」を、第2会場であるThe Terminal KYOTOでは「此岸」を象徴する展示を行う。
なお、主催団体の「現代京都藝苑2021」は、実行委員長の鎌田が代表を務めていた「モノ学・感覚価値研究会」(科研基盤B研究)から派生した芸術展開催のプロジェクトチームで、2015年に発足し、2021年に第2弾の展覧会「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨」を企画するものである。

 

会期:2021年11月19日(金)~11月28日(日) 10日間第1会場:両足院

監修:鎌田東二 企画協力:山本豊津 企画:秋丸知貴第2会場:The Terminal KYOTO

監修:山本豊津 企画:秋丸知貴出品作家:
次期家元池坊専好、大西宏志、大舩真言、岡田修二、勝又公仁彦、鎌田東二、小清水漸、近藤髙弘、関根伸夫、吉田克朗他

主催:現代京都藝苑実行委員会
後援:両足院・The Terminal KYOTO
協賛:株式会社サンレー・一般社団法人日本宗教信仰復興会議・京都伝統文化の森推進協議会
協力:京都大学こころの未来研究センター・上智大学グリーフケア研究所

【関連イベント】

●「現代京都藝苑2021」シンポジウム①「もの派の帰趨~美術・彫刻・工芸」
日時:2021年11月20日(土)午後1時~午後5時
会場:未定
小清水漸(彫刻家・京都市立芸術大学名誉教授)
稲賀繁美(国際日本文化研究センター教授)
吉岡洋(京都大学こころの未来研究センター教授)
秋丸知貴(上智大学グリーフケア研究所特別研究員)
コメンテーター:山本豊津(東京画廊代表取締役社長)
コメンテーター:近藤髙弘(陶芸・美術作家)
司会:秋丸知貴

●「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨」茶会
日時:2021年11月21日(日)午前10時~午前12時
会場:両足院 茶室

●「現代京都藝苑2021」シンポジウム②「宗教信仰復興と現代社会」
日時:2021年11月21日(日)午後1時~午後5時
会場:両足院
水谷周(一般社団法人日本宗教信仰復興会議代表理事・日本ムスリム協会理事)
島薗進(上智大学グリーフケア研究所所長・東京大学名誉教授)
鎌田東二(上智大学大学院実践宗教学研究科特任教授・京都大学名誉教授)
弓山達也(東京工業大学教授)
コメンテーター:伊藤東凌(両足院副住職)
司会:鎌田東二

●「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨」能舞
日時:2021年11月21日(日)午後5時15分~午後6時
会場:両足院
鎌田東二(フリーランス神主・神道ソングライター)
河村博重(観世流能楽師・京都芸術大学非常勤講師)

●「現代京都藝苑2021」シンポジウム③「日本人と死生観」
日時:2021年11月23日(火・祝)午後1時~午後5時
会場:京都大学稲盛財団記念館3階大会議室
やまだようこ(ものがたり心理学研究所長・京都大学名誉教授)
鎌田東二(上智大学大学院実践宗教学研究科特任教授・京都大学名誉教授)
広井良典(京都大学こころの未来研究センター教授)
一条真也(上智大学グリーフケア研究所客員教授・株式会社サンレー代表取締役社長・作家)
秋丸知貴(上智大学グリーフケア研究所特別研究員)
司会:秋丸知貴

●「現代京都藝苑2021」シンポジウム④「グリーフケアと芸術」
日時:2021年11月27日(土)午後1時~午後4時
会場:未定
鎌田東二(上智大学大学院実践宗教学研究科特任教授・京都大学名誉教授)
松田真理子(京都文教大学教授)
木村はるみ(山梨大学准教授)
秋丸知貴(上智大学グリーフケア研究所特別研究員)
奥井遼(同志社大学社会学部教育文化学科助教)
司会:秋丸知貴

【現代京都藝苑実行委員会】
実行委員長 鎌田東二(上智大学大学院実践宗教学研究科特任教授・京都大学名誉教授)
副実行委員長 稲賀繁美(国際日本文化研究センター教授)
実行委員 山本豊津(東京画廊代表取締役社長)
実行委員 近藤髙弘(陶芸・美術作家)
実行委員 大西宏志(京都芸術大学教授)
実行委員 伊藤東凌(両足院副住職)
実行委員 奥田圭太(株式会社バリュークリエイト代表)
実行委員 やまだようこ(ものがたり心理学研究所長・京都大学名誉教授)
実行委員 松田真理子(京都文教大学教授)
実行委員 木村はるみ(山梨大学准教授)
事務局長 秋丸知貴(上智大学グリーフケア研究所特別研究員)