一般社団法人 日本宗教信仰復興会議主催シンポジウム「現代における宗教信仰復興を問う」

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 本件シンポジウムは、東京と京都(23年1月22日)の2会場で開催されるところ、11月27日、東京会場(東京ジャーミィ)のセッションの模様は次の通り。なお、ZOOMでも同時参加があり、12月中にはYouTubeの動画配信、並びに全体の記録原稿は、本HPに来年早々の掲載を予定している。
Contents
東京会場 11月27日(日) 「ポスト・グローバリズムと多文化共生」
問題提起:グローバリズムはもろくも崩れて、今やそれを越えた時代が眺望されている。ただしそのあらましも、まだ定かではない。そんな中、確かに言えることは、逆に対置される多様化であり、多元化が軸になるであろうことである。いわば価値観の中央集権化ではなく、地方分権化であり、個別化である。それは世界各地のさまざまな諸要素を活性化させるかもしれない。そしてその際、宗教はどのような位置を占めることになるのか。各地や各状況に対応した宗教信仰が活躍するのであろうか、あるいは多様な思想が飛び交うことになるのであろうか。さらにそういった動向はより広く、文化全般の動向とどのように絡み合うのであろうか。闊達な議論と展望を示す討論が期待される。

11月27日(日)     
13:00 開会、黙祷(進行 水谷周)                               
13:03 クルアーン朗読、挨拶(イマーム・チナル師)    
13:10 挨拶(編集者島薗進、佐藤丈夫国書刊行会代表)     
13:20 討論開始(司会 弓山達也)             
    シンポジスト 加藤眞三、原敬子、島薗進、堀江宗正            
15:00 休憩、礼拝 
13:20 再開 
    コメント(鎌田東二、水谷周)                  
16:30 閉会 

ポイント摘記:4名のシンポジストの発言要旨は、以下の通り。宗教信仰の今後に関しては、すべてが合意されれば宗教は不要となるとの見解もある(加藤)、多様性における一致という課題を一人一人がどう受け止めるか(原)、公共空間における共通善は相変わらず議論が進んでいないが、それは基本問題(島薗)、統計的に見ると日本人は無宗教とはいえない(堀江)などの指摘があった。コメントとしては、現代は進化論的啓蒙主義や合理主義一点張りを超克しようとする時代(水谷)、破局とニヒリズムの時代となりつつあるのではないか、その中での政治と宗教の問題が浮上している(鎌田)といった視点が出された。

発表要旨
(1)加藤眞三:これから迎える時代のための宗教とは
 人類は狩猟社会、農耕社会を経て産業化(工業化)社会を経て、今三番目に大きな転換期を迎えていることを広井は述べている(広井良典「ポスト資本主義 科学・人間・社会の未述」(岩波新書))。F.ラルーはそれぞれの時代の中での組織のあり方を研究するなかで、人類の生産能力とコミュニケーション能力の変化とともに組織づくりの価値観が変化してきたことを報告した(フレデリック ラルー「ティール組織」(英知出版))。そして、現在、存在目的の重視、全体性、自主性を重んじる水平な関係性のティール型の組織が世界の各地で色々な分野において起ち上がり成功していることを報告している。宗教が人類にとっての生き方、価値観を教えるものであるならば、宗教はティール型社会に応じる変化が求められるだろう。また、そのことにより、人類社会の変化は加速されていくのではないだろうか。

(2)原敬子:教皇フランシスコの教会改革2021-2024『シノダル・チャーチ』と日本のわたし
 2015年、現代の教会を「シノダル・チャーチ(ともに歩む教会)」と定義した教皇フランシスコは、2021年から三年の計画(当初は三年、今年10月に2024年まで延期と発表された)でシノドス(世界代表司教会議)開催を発表し、今は、その第二フェーズ、五大陸別の司教会議の最中である。第二バチカン公会議は、カトリック教会の歴史を変える教会改革と言われたが、公会議から60年経った今、その真意が今シノドスにおいて露わにされようとしている。
 世界宗教としてのキリスト教、カトリックは、一つのカテキズム(教理)、一つのサクラメント(秘跡、儀礼)、一つのヒエラルキー(組織としての位階性)により構成される「宗教」とはいえ、いかに多様な「文化」を湛えているかということはおそらく誰もが了解済みであろう。信徒は、いわゆる「多様性における一致」と言われるハビトゥスを身に帯びる実践に参与することになるが、このような宗教に「所属する」と言った場合の宗教信仰をどのように理解すべきであろうか。「日本のわたし」がそれをどう生きようとしているか、言葉にしてみたい。

(3)島薗進:宗教信仰による公共空間の閉塞を超える道
 統一教会問題に見られるように、現代世界では政治と宗教の好ましくない癒着の動向が目立つ。日本だけではない。宗教右派の福音派に手を焼く米国も、正教会を復興させつつ利用しようとするロシアにも、イスラーム主義の動向にも難点が多い。だが、冷戦終結後の世界は、またポスト世俗主義の時代でもある。かつてのように、宗教なしの公共空間こそが平和な世界を築く基礎だとする考え方はますます力を失ってきている。功利主義が前提とするように、共通善のビジョンのない私的な利益追求の調整こそが政治であるとすれば、強い者勝ちの覇道政治を超えていくことはできないだろう。民主主義の行き詰まりを打開していくには、世界観の多元的な併存を前提としつつ、宗教信仰と結びついた共通善のビジョンを立憲主義と政教分離に合致した形で提示していくことが求められる。そして、相互に排除し合うのではなく、対話と合意による秩序形成を目指すことが必要である。公共空間の閉塞を超える、そのような「政治と宗教」のあり方について考えていきたい。

(4)堀江宗正:現代日本の非宗教的スピリチュアリティ〜データから読み解く
『宗教信仰復興と現代社会』所収の拙稿「日本におけるスピリチュアリティの発生と展開」の末尾では、東日本大震災以後のスピリチュアリティを、(1)霊の復権、(2)個人主義的な伝統回帰、(3)政治的両極化に分けて論じ、さらにコロナ禍以降に陰謀論などの極端化の動きが見られることを指摘した。今回のシンポジウムでは、これらの動きを、私がおこなったコロナ死生観調査のデータによって肉付けするとともに、スピリチュアリティが宗教あるいはカルト運動とどのような関係を持っているかを論じたい。
 コロナ死生観調査では、コロナ前と比較して、宗教・スピリチュアリティへの関心が様々な項目で数%ずつ低下している。一方、現代日本人は、懐疑派4割、信仰者3割、SBNR(スピリチュアルだが宗教的ではない=非宗教的スピリチュアリティ)2割に分布することがわかった。信仰者とSBNRを足すと過半数である。若者の間ではスピリチュアリティへの支持が高く、40代から50代のスピリチュアル・ブーム世代以上の盛り上がりを見せている。同時に、SNSの普及によって、個人主義的スピリチュアリティとカルト運動との区別が不明瞭になってきた。伝統宗教の中へのスピリチュアリティの取り込み、伝統宗教への個人主義的な参加、医療・環境・教育におけるスピリチュアリティの制度化、カルト的宗教運動との関係など、多岐にわたる宗教とスピリチュアリティの関係性を概観したい。

おわり

第3回 「いのちの研究会」シリーズセミナー;「無意識の扉を開く」の開催:加藤眞三

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 「いのちの研究会」のシリーズセミナーは、2019年末からのコロナパンデミックの時代を経て、人類がどのような方向に向かうのかについて考え、少しでもよい方向へ向かってくれるようにと社会に向かって発信したいと、2021年4月に発足しました。
Contents
 第1回目は2021年10月御殿場ありがとう寺にて「アフターコロナ時代の医療とケア」(基調講演;加藤眞三)をテーマに、第2回目は2022年2月熱海MOA美術館にて「現代社会のスピリチュアリティの多様性」(基調講演;島薗進)をテーマに開催し、その録画をYouTube上に公開してきました。
 第3回目は「無意識の扉を開く」(基調講演;町田宗鳳)をテーマに、岐阜県垂井町の半兵衛ガーデンにて開催致しました。半兵衛ガーデンは、竹中半兵衛と故郷を同じにする所源亮氏により、「天国に一番近いまち垂井」をテーマに建設された施設の1つです。町田宗鳳の理解者である所源亮氏の協賛により施設を提供していただきました。
 町田宗鳳による基調講演は、近代文明が自我意識を基軸にもっぱら競争原理で展開されてきたこと、そのために個人、企業、国家の間で争いが絶えず、不安が増大してきたこと、宗教の存在感が希薄化する中で自我意識は益々コントロール不能となってきたことから、人類が破滅の道に向かっているかのように見えることが指摘されました。そんな中で、理知のみに頼るのではなく、無意識の扉を開いていくことが「能動的想像力」を引き出し、次世代文明への突破口となりうるのではないかと提言されました。無意識の扉を開くためには、瞑想・スポーツ・芸術などを通じて、日常生活の中において無意識の比重を大きくすることが大切であることが述べられました。基調講演後、鎌田東二の総合司会の下、上田紀行、加藤眞三、島薗進がそれぞれの個人の経験や学識に基づいてコメントをしました。総合討論では、隣接する大垣市より会場に参加された沼口諭(大垣市医師会長、僧侶)にも参加していただきました。また、Zoomにて参加された方からチャット上にコメントをいただき、討論に参加していただきました。
 今回の開催の模様を録画されたものをYouTube上に公開しております。どうぞ、ご視聴下さい。
 なお、第4回は鎌田東二の「ケアとうたとアート」を基調講演に、2022年10月9日午後に京都府亀岡市大本本部を会場に開催する予定です。その時点でのわが国のコロナの感染状況にもよりますが、比較的広い会場を準備しておりますので、皆様の現地でのご参加を歓迎したいと思います。

「いのちの研究会」メンバー 
町田宗鳳、島薗進、鎌田東二、上田紀行、加藤眞三、八木久美子
協賛;一般社団法人日本宗教信仰復興会議、半兵衛ガーデン(所源亮氏)

「いのちの研究会」シリーズセミナー 第2回「現代スピリチュアリティの多様性」の開催:加藤眞三

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「いのちの研究会」は町田宗鳳が2002年から2005年にかけて科学研究費基盤研究(B)「脳死・臓器移植に関する比較宗教学的研究」のために結成した研究者チームの名称です。2021年4月に「いのちの研究会」を再結成することになりました。それは、アフター・コロナの時代に大きな文明の転換が起きることを予感し、「いのちとケアの文明」が訪れることを期待することで5人の研究者(島薗進、町田宗鳳、鎌田東二、上田紀行、加藤眞三)が同意し、文明の転換の方向性を世の中に向けて広く発信していきたいという話し合いの結果です。今後、2年間に計6回のセミナーを開催していきたいと考えています。
Contents
 第1回目は、2021年10月10日に御殿場市ありがとう寺にて開催しました。コロナパンデミックの下であったため、Zoom会議を使ったオンラインでのセミナーとなりました。医師である加藤が「アフターコロナ時代の医療とケア」と題する基調講演をおこない、医療において大きな転換期が訪れていること、医師が指示し患者が従う医療ではなく患者と医療者が対話をできる医療へ、科学中心で物体として身体をみる医療ではなく身体・社会・心理・スピリチュアルの全人的なケアを提供する医療への転換期にあることを提言しました。その後司会の島薗、3人のパネラーより発言があり、対話を行ないました。第1回セミナーの内容は、YouTubeで視聴が可能です。

 第2回目セミナーは、2022年2月27日に熱海市MOA美術館の能楽堂を会場として開催し、対面参加(72名)とオンラインの参加(198名)を迎えて行いました。第2回は「現代スピリチュアリティの多様性」をテーマとし、町田宗鳳の司会の下、島薗進による基調講演を行い、その後に総合討論を行いました。         
 
 島薗氏の講演は、Ⅰ.ポジティブなスピリチュアリティの交流と主流文化への浸透、 Ⅱ. 限界意識のスピリチュアリティ、Ⅲ. ケアと利他のスピリチュアリティの3部により構成され、現代スピリチュアリティの多様性について様々な視点から俯瞰する内容でした。
 Ⅰ部では現代スピリチャリティまでの歴史的な経過が説明され、そして、現在の米国の若者でSBNR(spiritual but not religious)が社会の中で大きな勢力を形成するまでに到った経緯が解説されました。そして、死生学やマインドフルネス、ポジティブ心理学などスピリチュアリティを考慮に入れた科学・医療が起ち上がり、求められていることが述べられました。Ⅱ部では、簡単には超えることができない限界意識からアルコホリック・アノニマスなどセルフヘルプグループの活動や、スピリチュアリティの運動が起ち上がってきたことが述べられました。そして、水俣病の被害者から起ち上がった限界意識のスピリチュアリティについて紹介されました。Ⅲ部では、ドイツのホスピスや現在のSDGsの運動の中に、現代スピリチュアリティの利他性が見られることが述べられ、東日本大震災をきっかけにわが国において弱さや悲しみ、死別の悲嘆に対するケアの文化が起ち上がってきたことが述べられました。
 この基調講演を受けて、4名のパネリストから発言があり、会場およびオンラインの参加者からの質問やコメントをうけた話し合いがもたれ第2回のシリーズセミナーを終えました。第2回セミナーの内容は、YouTube上で視聴することができます。

 第3回セミナーは、本年7月10日に、町田宗鳳による基調講演「新しい文明と無意識」のもとに開催することを予定しています。

 なお、第1回および第2回のセミナーは、日本宗教信仰復興会議および阿部英雄氏の協賛と、ありがとう寺、MOA美術館の協力を受けて開催が可能となりましたことを深謝致します。

第1回「いのちの研究会」シリーズセミナーの発足と動画配信:加藤眞三

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第1回「いのちの研究会」シリーズセミナーを日本宗教信仰復興会議からの支援をいただき、2021年10月10日に御殿場高原「ありがとう寺」にて開催しオンラインで発信し、その録画をYouTube上にアップしました。
Contents
 第1回「いのちの研究会」シリーズセミナーを日本宗教信仰復興会議からの支援をいただき、2021年10月10日に御殿場高原「ありがとう寺」にて開催しオンラインで発信し、その録画をYouTube上にアップしました。
 「いのちの研究会」は町田宗鳳氏が2002年から2005年にかけて科学研究費基盤研究(B)の「脳死・臓器移植に関する比較宗教学的研究」のために結成した研究者チームの名称です。研究概要は以下のような言葉で締めくくっていました。
 「科研費助成による本研究は、一応終止符を打つことになったが、「いのちの研究会」全員が、さらなる研究発展のために共同することを約している。それは、われわれが欧米先進国から導入された生命倫理を鵜呑みにするのではなく、アジア文化の中で育まれた固有の生命観に考慮を加えながら、商業主義に冒されず、しかも普遍性をもつ新しい生命倫理を樹立し、それを社会に向けて発信していくことを念願としているからである。」
 チームメンバーは、その後も各自がそれぞれの場で発信を続けてきましたが、メンバー同士で個別に会うことはあっても、チームとして集い発信する機会を持てないままに過ごしてきました。2021年3月にわたくしが大学を定年退職するにあたり、上田紀行氏から、なにか講演会でもやらないのかと声がけがあり、「いのちの研究」のメンバーに連絡をとったところ賛同が得られたため、チームを再結成しシリーズセミナーを開催することになりました。
 2020年よりコロナパンデミックが訪れ、社会全体が大きく変わることを余儀なくされている時期でもありました。文明史的にみても現在大きな転換期を迎えているとのメンバーの一致した観点より、これから訪れる時代を「いのちとケア」を大切にする文明とするために、社会に向けて発信することにしました。
 第1回目は、わたくしから基調講演として「アフターコロナ時代の医療とケア」をお話しし、その後に、島薗進氏、町田宗鳳氏、鎌田東二氏、上田紀行氏が発言し、総合討論をするというものでした。わたくしの講演の趣旨は、科学が優先し、人間性が軽んじられてきた現代医学に人間性のあるケアを導入するべき時代が訪れている。そして、医療は科学と人間がどのような関係性を持つのかを個人のレベルで考えることのできる場であり、人間と科学が共存する新しい文明を考えるにあたってよいモデルになるだろうというものでした。
 今後、1年に3回のペースの開催で計6回のシリーズセミナーを開催する予定でいます。関心がある方はどうぞご参加、あるいはこちらをご視聴下さい。

「悲とアニマII―いのちの帰趨」でのシンポジウムの開催:水谷周

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日本文化の構成要素の重要な一つとしての「悲」に着目しつつ、生から死に移り行く「いのち」に思いを寄せるような様々な企画が実施されました。京都は堀川を挟んで、彼岸と此岸を想定した2会場で展開されました。本件シンポジウム「宗教信仰復興と現代社会」が当法人の主催行事としては初めてのものとなったのは、コロナのため外部での活動が停止されていたからです。それだけエネルギーが蓄積されていたようなもので、シンポジウムにおいては五名の全理事と会場となった建仁寺内両足院の伊藤東凌副住職(コメンテイター)の間で熱気のこもった議論が交わされました。以下はその模様全般、議論の概要、そして筆者の感想を手短にまとめたものです。
シンポジウムのチラシはこちら
パンフレットはこちら
Contents
1.シンポジウムの模様

本堂をお借りできたのですが、これ以上の場所はありません。嫌でもシンポジウムのテーマに集中させられます。多数の参加者もその模様で、すっかり雰囲気にはまっていた様子でした。幸い暖冬のお陰で、春うららという風情でもありました。持参した「祈りのこけし」
(本HP「祈りのこけし」物語参照)は会場の最前列の中央に安置されて、その背景説明と共に、見る人に祈りの気持ちを引き出すという効用を発揮していました。

こけし

全理事の写真

2.議論の概要
信仰復興を目指してよく見られた現象は、浄化ということでした。それは逸脱したものを排除しようとするのです。しかし他方ではあらゆる流れを総合して包括することで、復興を成し遂げた例(20世紀カトリックの第2バチカン公会議など)も見られます。こういう諸例を勘案しないと全体の議論は成立しない点は、要注意です。
「いのち」の帰趨を思わせる事態は様々にあります。大きな災害など悲惨な出来事はもちろん、重病もそれに当たります。人は窮地に立つと祈ることが多いのですが、非常時におけるそれだけではなく、平時における祈りも重要。それは人としての自然なこころの営みなので、祈ることで人としてのバランスを復興させることにもなるからです。
戦後の日本では無宗教とさえ言われるほどになりました。しかしいわゆる新宗教の興隆もありました。その後その勢いは今一つと見られる一方で、既存の宗教に満たされないスピリチュアルな活動も勢いづいてきました。こういった魂の躍動はこれからどのように展開されるのか、それはどのような導きを求めることになるのか、多くの思索と検討が求められているのが現状ではないでしょうか。
教育の重要性は言うまでもないところ。特に戦後の日本社会では宗教に関する教育は、政教分離の掛け声の下で、疎んぜられてきました。宗教の固有な歴史的役割については、教育課程にもっと組み込まれる必要が認められました。
なお本シンポジウムの内容は、『宗教信仰復興叢書』第1巻の後半部分に収録されますが、同書は2022年夏以降の出版となるでしょう。

3.感想
彼岸と此岸を橋渡しする格好で企画されたこと自体、宗教信仰の真髄を突くものです。というのは、現世の事象を来世の脈絡でとらえることは、信仰そのものだからです。言い直すと、殺生して悪いという気持ちが起こるのは、そこに何かが宿りその何とはすなわち、永遠の仏や絶対主に繋がっている崇高なものがあると発想するためです。この発想が宗教信仰です。
それにしても、生きとし生けるものの帰趨は死です。それは嫌とかどうということではなく、厳然たる事実であることは誰しも知っています。江戸時代の知恵者で温厚な僧侶として知られた一休さんは、道を歩くとき杖に骸骨をぶら下げていたそうです。白骨こそは、右の事実が逃げることができない形で迫っていることを知らせ、人に自省の機会を与える最良の道具ということでしょう。宗教信仰とはこの事実を正面から認めて、それに即した心構えと生活態度を堅持することを求めるものです。
なお本シンポジウムのような機会は、今後とも機会を見つけては各地で実施できれば良いのに、という気持ちも持たせられました。それほどに参加者の気持ちが一致し、信仰復興を叫ぶ声をさらに現代の日本社会に大きくして行く必要性が感じられたのです。これからも悲惨な局面に出くわすことでしょう。しかしそれを待たずとも、人の「こころ」のバランスを堅持させてくれる信仰の貴重な役割と効能、功徳に関しての、理解と実践が求められる時代です。今がそれを呼び掛ける好機であるともいえるのではないでしょうか。

宗教者と被災者―寄り添い型の支援活動の広がり―(似田貝香門・吉原直樹編『震災と市民2 支援とケア』(東京大学出版会、2015年8月)より):島薗進

要旨

 東日本大震災後、宗教者による支援活動が目立った。津波被害地では、多くの住民が寺院に避難した。そして長期にわたって寺院が避難所として機能する例が少なくなかった。僧侶による読経等の慰霊・追悼の儀礼も不可欠のものと感じられた。新聞に読経する僧侶の写真が掲げられることが多かったが、これは珍しいことである。
宗教者による支援活動も活発に行われた。ボランティア活動に宗教者や宗教団体が加わって大きな働きをすることも目立った。また、心のケアの領域で宗教者の活動が注目された。一九九五年の阪神淡路大震災のときも「心のケア」という言葉が注目されたが、そのときは主に精神科医や臨床心理士が行うものとして報告された。しかし、東日本大震災後の状況では、宗教者が重要な役割を果たしていると報告されることが多い。
これは、一つには地理的な条件が作用している。阪神淡路大震災では、神戸と中心とした大都市圏が被災地だったが、大都市では寺院や神社などの宗教施設と地域住民のム図美付は弱い。共同体の宗教が目立たぬものになってしまっている。これに対して、東日本大震災の被災地となった東北三県の沿岸地方や放射能被害を被っている地域では、伝統的な宗教文化が今も力を保っている。たとえば、葬儀や法事には今も多くの住民が参加する傾向がある。
しかし、宗教が災害支援に翁役割を果たした理由を、地理的条件だけで説明するのでは不十分だろう。時代の転換という要因もあるのではないだろうか。宗教者や宗教団体の災害支援活動の多くは、伝統的な宗教者や宗教団体の活動の様式とは色合いを異にしているようだ。
それを一言でいうと、「寄り添い型」の支援ということになるだろう。宗教側が出来合いの教えを提供するというよりも、被災者の苦しみ、悲しみや求めるものに応じて、臨機応変の支援活動をするという傾向だ。それはまた、宗教者であるとともに自らを苦しみ奈悩む者の立場に置いて、支援しようとする姿勢でもある。
寄り添い型の支援活動を進めていくと、宗教や宗派の別を越えて活動する必要が高くなる。行政や地域社会の側も、特定宗教による支援は受け入れにくいが、宗教・宗派横断的な機関が媒介すると、宗教側の支援を受け入れやすいという事情がある。こうした事情を反映して、東京では二〇一一年四月一日に宗教者災害支援連絡会が発足した。これについては、筆者が「宗教者と研究者の連携」(二〇一三年)という文章であらましを紹介している。
ここでは、東日本大震災の被災地で、地域社会に根を下ろした支援活動を展開してきた宗教者の活動を取り上げる。それも全体像を描くというのではなく、少数の人物を取り上げ、新しい形態の支援活動のあり方が広がっていった背景を描き出していくことにしたい。

Contents
一、震災の苦難から立ち上がるケア
僧侶らによる移動傾聴喫茶
東日本大震災後には、津波の被災地で多くの住民と僧侶の間で、死別の痛みを抱える人々の悲嘆の受け止めがなされた。東日本大震災で被災者を力づける働きをした宗教者の活動の一つに「カフェ・デ・モンク」がある。「宮城県復興応援ブログ ココロプレス」に掲載された「「カフェ・デ・モンク」は移動傾聴喫茶。お坊さんが文句を聴きますよ」(二〇一二年二月二〇日)という記事(http://kokoropress.blogspot.jp/2012/02/1.html )と北村敏泰氏の『苦縁』(二〇一三年)の記述にそって説明しよう。
お坊さんたちが軽トラックに喫茶店の道具一式を詰め込んで、被災地を巡る「移動傾聴喫茶」。おいしいコーヒーを無料で提供しながら、被災者の話を聴くなごみの空間を提供しています。その前代未聞のプロジェクトを立ち上げたのが、築館にある通大寺の金田諦應住職。」(「「カフェ・デ・モンク」は移動傾聴喫茶……」}
金田氏が住職を務める通大寺は内陸の栗原市築館にある。栗原は県内最大の揺れに襲われ、通信・交通が厳しい状況では他地域の実情は分かりにくかった。だが、津波で多くの人命が失われていることは携帯ラジオを通じて当日から分かっていた。その夜、金田氏は満天の星を見上げた時、南三陸の海に数限りない遺体が漂う光景を思い浮かべた。そして「私とあなたの区別が消滅する感覚にとらわれた」という(『苦縁』、二七〇ページ)。
一週間後から40キロ離れた南三陸町から市内の火葬場に遺体が運ばれるようになった。「最初に来た遺体は2人の小学生。仲良しだった2人を、せめて一緒に荼毘にふしたいというご両親の願い。若いお坊さんたちは震えていました。身を震わせ、声をつまらせながらの読経。もうね、お坊さんたちもフラフラになりながらお経を上げ続けましたよ。」(「「カフェ・デ・モンク」は移動傾聴喫茶」)

自他不二と慈悲
金田氏はそう述べているわけではないが、「私とあなたの区別が消滅する」というのは、大乗仏教で「自他不二」「自他一体」「自他互融」等の用語で示される境地を意識したものだろう。慈悲の実践を支える倫理は「自他不二」の境地から発するものと理解されている。中村元の『慈悲』(一九五五年)にはこう述べられている。
“慈悲の実践とは、他の視点からみるならば、事故と他人とが相対立している場合に、自己を否定して他人に合一する方向にはたらく運動であるということができる。それは差別に即した無差別の実現である。(九三ページ)”
この思想を定式化した大乗仏教の先達はシャーンティディーヴァ(寂天、六五〇年頃~七五〇年頃)で、「修行者の理想は「自他平等」(parāmasamatā)であり、「他人を自己のうちに転廻せしめること」(parātmaparivaratana)をめざさなければならないと述べた。はるかに時代が下るが、鈴木正三(一五七九-一六五五)は「自他無差別を知るは理也。慈悲心を専とするは義也」と述べている。
震災が襲った当日の夜、金田住職が体験したものはこの境地に通じるものだろう。「この自然の、この宇宙の、なんと残酷で、悲しく、美しいことか。このときに、宇宙まで抜けていく感覚というのかな、命がひとつになった感覚を味わった。」それはまた、宮沢賢治の「なめとこ山の熊」の末尾で、漁師の小十郎を熊たちが悼む場面を思わせるものでもあった。(「「カフェ・デ・モンク」は移動傾聴喫茶」)
「なめとこ山の熊」は仲間たちの死と非情な運命に耐えて生き延びていかなければならない生き物の悲しみと、悲しみを内に抱え込むが故にやさしく他をいとおしむ慈悲の力が小十郎と熊たちの連帯を通して描かれている。金田住職の姿が小十郎と重ね合わさってしまう逸話だ。

四十九日の行脚とそこでの思い
金田住職は震災から四十九日の弔いに、南三陸の海辺に読経の行脚をした。
節目でもあるので、犠牲になった方々への鎮魂をこめて、南三陸町へ合同行脚したという。お坊さんと牧師の12名。諦應和尚は灯りを持って歩いた。“命の灯り”として……
自衛隊員も大勢いて、黙々と遺体捜索をしていた。なんとか四十九日までに探し出したい、というのが伝わってきましたよ。この日、6名の遺体が見つかった。しまいには涙でお経が読めなくなった・・・これをやりながら自問が湧き上がってきたのよ。“宗教ってなんなんだ!現実ってなんなんだ!”って。神も仏もなくなったような状態だったからね。あの瓦礫を見てさ。“神ならびに仏の成せる技とはこんなものか!”と。(「「カフェ・デ・モンク」は移動傾聴喫茶」)
この時、廃墟の傍らの山桜の美しさに目を奪われた。「目の前の惨状も、鮮やかな花も、同じ神仏の力なのだ」と仏法の核心にふれた思いがしたという(『苦縁』二七一ページ)。
四十九日の後、僧侶仲間で炊き出しを始めたが、すぐに「移動傾聴喫茶をやろう!」と思いついた。震災当日の、また四十九日の体験を踏まえ、宗教者だからこそやれる支援とは何かについて考えて、得られたアイディアだった。

苦の現場に向かう伝統仏教
東日本大震災では日本仏教の力が見直された。苦難の中にある人々に手を差し伸べ、折れそうな心を支え沈みそうな心をすくいあげる働きが目立った。ここまで述べてきた僧侶たちの働きはそのよい例だ。
日本仏教史をひもとけば、そのような仏教の働きはふんだんにあって、まったく珍しいものではないのだが、第二次世界大戦後、伝統仏教が苦の現場から離れて浮き世から遠いところにいるという印象が強まっていった。浮世離れしている、だがそれにしては俗化しているお寺というイメージだ。
「葬式仏教」という語は一九六〇年代初めに使われるようになったもので、そんな伝統仏教への苛立ちが含まれていた(圭室諦成『葬式仏教』)。折しも新宗教は大発展期で、在家仏教を唱える霊友会、立正佼成会、創価学会などが急成長をとげていた。菩薩行としての苦の現場での助け合いは、これら新宗教教団においてきわめて活発になされていたが、伝統仏教教団の寺院は人々とふれる場が葬祭に特化して、いのちの通わないものになっている、そう感じられるようになった。だが、カフェ・デ・モンクの例を見れば、それは錯覚だったかと思われてくる。苦の現場に赴いて人々を支える伝統仏教の僧侶の働きは目を見張るものがあった。

教えを説かないカフェ・デ・モンク
知人のパティシエに頼んで作ってもらったケーキ、テーマ音楽はセロニアス・モンクのジャズ、愛称は「ガンジー金田」と遊び心も織り込まれている。車から降ろして立てる小さな案内板には、こう書かれている。
“Café de Monk”はお坊さんが運営する喫茶店です。
Monkは英語でお坊さんのこと。
もとの平穏な日常に戻るには長い時間がかかると思います。
「文句」のひとつも言いながら、ちょっとひと息つきませんか?
お坊さんもあなたの「文句」を聴きながら、一緒に「悶苦」します。
この「カフェ」では、たとえばこんな会話が行われる。
娘「あれ(訃報が届く寸前に窓辺にきた鶯)はじいちゃんが最後の別れを言いに来たんじゃろうか」
金田住職「その通りだよ。じいちゃんだ。命は皆、つながっているんだから、今度はトンボになって来るかもしれん。だから寂しがらんとね」(『苦縁』二七二-三ページ)。
多くの被災者がここで心慰む時を過ごした。金田住職は伝統仏教の底力を示したとも言える。だが、そのやり方は創意に満ちていてユニークだ。けっして上から既存の教えを説くのではない。「傾聴」の姿勢で寄り添う。曹洞宗固有の教えは話の中に出てこない。また、宗教・宗派を超えて「心の相談室」に集う宗教者が協力する。ともに祈りの行脚もする。

「心の相談室」の新しさ
「心の相談室」は仙台で3.11直後に立ち上がった連合体だ。宮城県宗教法人連絡協議会に属する団体の宗教者が斎場で合同で慰霊にあたったところから始まった。仙台で長く終末期の看取り、とりわけ在宅の緩和ケアにあたってきた岡部健医師を室長に、東北大学の宗教学研究室に事務局を置いて活動を始めた。宗教者、医療者、宗教学者、グリーフケアの専門家などの協力で活動を続けている。(高橋原「「心のケア」に大きな力――宗教の果たす公共的役割とは」)
「心の相談室」の活動は、市営斎場で行われる毎月の合同慰霊祭、宗教者による無料電話相談、宗教者が仮設住宅を回って開く傾聴喫茶カフェ・デ・モンク、ラジオ版カフェ・デ・モンクの放送など。
ラジオ版カフェ・デ・モンクは当初は岩手、宮城、福島の3県でFM放送されていたが、その後エフエム仙台のみとなり、二〇一四年春まで続いた。毎回、ゲストがインタビューに答えて語るもので、被災者や支援者の心に届くメッセージを届けようとしている。宗教者が多いが、学者や文化人も登場する。金田諦應住職ら「心の相談室」がプランを立てて行っている。
宗教・宗派を超えるということは、「寄り添う」という姿勢と密接に関わりあっている。苦難を被っている人たちの求めるものにそって応答する。こちらからすでにある教えを伝えて分かってもらうというのではない。相手の気持ちに近づいて、それをできるだけ理解し、ともに感じ受け止めるようにする。

手のひら地蔵
「手のひら地蔵」もそのような意図にそって用いられるようになったもので、地蔵を通して仏教の教えを説こうというのではない。この「手のひら地蔵」は金田住職が栗原市の僧侶たちと相談しながら作られるようになった。栗原市の陶芸家が滋賀県信楽産の粘土の無償提供と上薬がけ、窯焼きで協力、僧侶たちが主に一〇センチ前後の陶製地蔵を作る。子どもや乳児、野球少年、仙人など個性豊かな地蔵を作り、津波で亡くなった故人の形見してもらおうというものだ(『河北新報』二〇一二年五月二六日)。僧侶の手作りの「手のひら地蔵」がカフェ・デ・モンクで被災者に手渡される。
瞬時に故人を思い浮かべ涙にくれる人もいる。死者の霊を身近に如実に感じる人もおり、死者の霊を慰めるための祈りのよりどころともなる。心にわだかまっていた思いが表現の場を見いだす。グリーフケアとして抜群の力を発揮する。これを仏教の教えで説明することもできるだろう。それは宗教者の側の課題だが、被災者が今求めていることではない。金田諦応住職らのカフェ・デ・モンクは、被災者の心を解きほぐし、悲しみに耐えるのに貢献した。手のひら地蔵を手にすると、にわかに思いがこみあげて涙ぐみ、死者との心の交流がよみがえる。そこに死者が顕現する。それを自宅の居間に置いておけば、死者の霊が身近にいるように感じられる。死者の霊を慰めるための祈りのよりどころともなるだろう。大切な同伴者や親子を喪った方々に、手のひら地蔵は大きな力となった。スピリチュアルケアの場として、カフェ・デ・モンクが果たした役割を象徴するアイテムだ。

二、宗教者として被災者として
曹洞宗の若手僧侶の災害支援
福島県伊達市霊山地区の成林寺は二〇一一年から一三年にかけて、全国曹洞宗青年会震災支援現地対策本部が置かれた寺院だ。この地域は放射線量が比較的高い地域だ。定林寺副住職で、さらに放射線量の高い小国地区にある龍徳寺の住職でもある久間泰弘氏は、震災直後から現地対策本部長として同会の支援活動の中心になって働いた。その後、支援の拠点は福島市に移ったが、氏は全国曹洞宗青年会顧問兼災害復興支援部アドバイザーとして引き続き支援活動に多くの時を費やしている。
『Actio』誌二〇一四年六月号にはジャーナリストの川崎陽子氏が、二〇一三年八月と一四年四月の二度にわたり、久間氏に聞いた話をまとめた記事が掲載されている、「福島県伊達市の住職・久間泰弘さんに聞く 被災地でいのちの声に耳を澄ます」と題されたこの記事は、震災に向き合って行われてきた曹洞宗青年会の支援活動の実態と、福島原発災害の今なお続く重苦しい被害の実情を明らかにしている。私は二〇一二年春から何度かこの成林寺を訪問し久間氏の話をうかがう機会があった。川崎氏の記事は、私がうかがった話と重なる点が多く私の聞いた話を裏書きするところが多いので、長く引用させていただく。
久間氏は震災直後、布団マットの手配や簡易更衣室の設置など、現場の要望を関係機関に届ける役割も果たした。今も福島・宮城・岩手の三県で約三〇ヵ所の仮設住宅を、一日二ヶ所、週平均二回の割合で訪問し続けている。仮設住宅では集会所で茶菓をふるまい、被災者の話に耳を傾ける。曹洞宗ではこれを「行茶」とよび慣わしている。

原発被災地の困難
久間氏はこの三年間、福島県だけではなく、岩手県、宮城県でも多くの被災者の話を聞いてきた。イベントをしたり楽しい時を過ごす工夫もしてきた。だが、宗教者だからこそ頼られるというような場合もあった。「法話など有難い話を聞いて涙を流したいとか、今の環境から自分の境遇を切り離すというのですかね、宗教的なところに自分の気持ちを委ねたいと言う方もおられます」(一二ページ)。信頼を得ることによって、深い悲しみや苦しみを打ち明けられることも多い。
被災地は、日常生活で格差のある人々が一つの箱に投げ込まれたような状態なので、実際に行ってみると、平常時よりも差別とか偏見とかがいっぱいあります。家庭内不和などがあると、避難所や仮設住宅で我慢の限界を超えて、人は爆発しちゃうわけですよ。精神面で追い込まれますよね。
『チャイルドライン』という無料電話相談の活動で私が受けた電話では、女学生が『帰りたくないので、これからどこかに行きます』と言って電話を切ったことがありました。『これからどうしたらいいんでしょうか』とか、そういう話がいっぱいあるんです。(同前)
久間氏は、報道はされないが自ら命を絶つ人が増えていると捉えている。以下は二〇一三年八月に川崎氏が聞いた言葉だ。
避難するとか除染をしてもらうといった選択肢がないままに、追い込まれて死を選んだ人が増えています。あとの人に迷惑がかからないようにと死んでいく人もいます。
最初の一年は踏んばれた部分はあるが、水俣病問題に象徴されるようにこれからが大変です。みんな疲れており、ほとんど半病人状態。地元の社会福祉協議会やボランティアたちなども、被災者の自立が大切なことはわかっているが、体は動かず気持ちも向かない。マンパワーも足りないが、日本の政府や自治体の長に、トータルなヴィジョンを提示する能力がない。当座はわかりやすくていいので、それ(ヴィジョン)を出して人の命をつなげないと、人は死んでいきますよ。復興とか急場を担当する人は、それだけやればいいんですよ。政治生命などにとらわれない人間がやればいい。(一二―一三ページ)

地域社会の分断と寺院の役割
久間氏が「水俣病問題のように」と言うのは、住民同士が対立したり差別が生じたりして、近隣や家族のなかにまで分断が入り込んでしまうような状況を指すものだろう。甚だしい困難は龍徳寺のある小国地区で生じた。
小国地区など伊達市の一部では、年間積算放射線量が二〇ミリシーベルトと測定された世帯が二〇一一年六月と一一月に「特定避難勧奨地点」に指定されたが、すぐ隣でほとんど同じ状況の世帯は指定からはずされるというようなことが起こった。そして、二〇一二年12月にその指定も解除され、小学校を地域で再開することになった。ところが、2013年春、七名入学予定だった新入生がゼロになってしまった。避難先からのスクールバスが廃止になったので、長距離を親が送り迎えしなくてはならず、やむをえず避難先の学校に入れることになった。「子どもの入学がゼロ。すなわち未来がゼロになると捉える人って多いんですよね。子どもはやっぱり未来ですから」。もし小国地区が子供がいない地域になるとすれば、そこにある龍徳寺の未来も危うい。四百年から五百年にわたる歴史をもつ寺院だが存続の危機にさらされているのだ。
二〇一三年から一四年へと時は移るが、その間に状況はさらに悪化しているという。
ある意味、皆さんやっぱりしんどく、雰囲気的に重くなってきている感じはします。しんどさというのは、復興がいつまでも進まないということ。あとは原発事故があるので、将来像を描きにくいというのは、昨年の夏からずっと変わってないですからね。ええ、あきらめですね。自嘲気味に話す方が増えてきたことが、気になっています。
先日県内での行茶で、いつもお会いするおばあさんが、今回は見送りに私のそばに寄って来て言ってくださったんですよ。『遠いところをいつもありがとうございます。いつも本当に助けてもらって。待っているんですよ。また来てくださいね』と。その時の眼差しがね…。二年は経ちましたけどまだまだそういう方がおられて。私は、能登半島や中越沖地震でも、そして今度の震災以降もずっと行茶の活動をさせていただいているんですが、本当に大変なんだなあと改めて思いました。その方の眼差しがずっと忘れられなくて、その日はよく眠れなかったです。(一二ページ)
「分断」「孤立」とともに、未来を奪われているということが被災者を苦しめている。そんな被災者の気持ちがよく理解できるのは、放射性物質による被災の大きい地域に位置する寺院の住職・副住職として、自ら苦しんできた経験が作用しているに違いない。

おわりに
金田諦応氏と久間泰弘氏を例に、東日本大震災後の宗教者・宗教団体による支援活動の新しい特徴について素描してみた。そこでは、苦しむ人々の側に近づき、人々に寄り添いながら支援活動をしようとする姿勢が見られる。
これは東日本大震災後に急速に始まった動きではない。それ以前から災害支援や死に行く者の看取りを通して広がってきていたものである。金田氏や久間氏はこれまでの僧侶の活動とはいくらか色合いが異なる寄り添い型のケアの意義をよく理解している宗教者である。
宗教者や宗教団体が宗教・宗派の別を越えて、寄り添い型の支援活動に取り組もうという動きは、仙台の心の相談室にだけ見られるのではなく、各地で形をなしてきている。これは宗教的な多様性が多く、またチャプレン制が育っていなかった日本の宗教土壌の上に、新たに展開してきているものだ。行政側もそれをよい傾向として理解しているようである。今後は、広く市民社会において宗教者や宗教団体の支援がもっと積極的に受け止められていく可能性があると思われる。

参考文献
川崎陽子「福島県伊達市の住職・久間泰弘さんに聞く 被災地でいのちの声に耳を澄ます」『Actio』二〇一四年六月号
北村敏泰『苦縁』徳間書店、二〇一三年
久間泰弘「原発事故を子どもと共に生きて行く――福島の子どもは、いま」『ぴっぱら』二〇一四年五-六月号
島薗進「宗教者と研究者の連携」稲場圭信・黒崎浩行編『叢書 宗教とソーシャル・キャピタル4 震災復興と宗教』明石書店、二〇一三年
高橋原「「心のケア」に大きな力――宗教の果たす公共的役割とは」『中外日報』二〇一二年九月八日号
圭室諦成『葬式仏教』大法輪閣、一九六三年
中村元『慈悲』平楽寺書店、一九五五年
柳田国男『遠野物語』(『定本柳田国男集 第四巻』筑摩書房、一九六八年、所収)

巨石ハンター(巨石カメラマン)須田郡司氏紹介 鎌田東二

わたしが須田郡司さんと初めて会ったのは、拙著『場所の記憶―日本という身体』(岩波書店、1990年)を出した翌年の1991年だったと記憶する。須田さんは今は世界遺産となった沖縄最高の聖地の斎場御嶽などで全身ヌードとなってセルフポートレートなどの写真を撮影していた。
ある場所でわたしが講演をした時、須田さんが『場所の記憶』を手に聞きに来てくれて、その際、聖地とセルフヌードという鮮烈な組み合わせのいくつかを見せてもらい、それ以後、わたしの聖地巡礼のよき友とも同志とともなって今日に至っている。そして、山梨県の金峯山登拝を皮切りに、沖縄、天草、白神山地、アイルランドの島、イギリスのストーンヘンジなどなど、国内外の聖地巡りを共にしてきた。その際の失敗談や武勇伝には事欠かないくらいである。
また、拙著『宗教と霊性』(角川選書、1995年)、『聖地への旅―精神地理学事始』(青弓社、1999年)や『ケルトと日本』(角川選書、2000年)、『神道のスピリチュリティ』(作品社、2003年)などのカバー写真をいくつも提供してもらっている。また、須田さんの著作『日本の聖なる石を訪ねて』(祥伝社、2011年)の中でも対談をしている。
その須田郡司さんの東日本大震災の被災地を巡る十数回に及ぶ訪問の際の写真展を当会議が助成することになったので、ここに関わりの深いわたしが須田郡司さんのプロフィールを紹介したい(鎌田東二、2021年5月2日記)

◉須田郡司 プロフィール
1962年群馬県沼田市生れ。現在、出雲市在住。
写真家・巨石ハンター・VOICE OF STONE プロジェクト代表。
琉球大学・写真専門学校卒業。雑誌カメラマンを経て独立。国内や世界50カ国以上を訪ね、聖なる石や巨石を撮影。古くから信仰される磐座(いわくら)や石神、伝承や伝説を持つ巨石、奇岩や怪石などの景勝地、アニミズムを感じさせる原初的な石・巨石の世界に魅かれる。日本石巡(2003∼2006)、世界石巡礼(2009∼2010)を行う。2004 年より巨石文化の魅力を伝えるため「石の語りべ」講演活動を展開。「石の聖地」研究、巨石マップ制作、「巨石ツアー」のコーディネートを行っている。
2020年島根大学大学院・人文社会科学研究科修士課程修了(文化人類学) 修士論文:「出雲地方の巨石信仰~石の聖地の比較研究」

■著書
『VOICE OF STONE~聖なる石に出会う旅』(新紀元社、1999)、写真集『日本の巨石~イワクラの世界』(パレード出版、2008)、『日本石巡礼』(日本経済新聞出版、2008)、『世界石巡礼』(日本経済新聞出版社、2011)、『日本の聖なる石を訪ねて』(祥伝社、2011)、『月刊たくさんのふしぎ「おおきな石」』(福音館書店、2013)、写真集『石の聲を聴け』(方丈堂出版、2020)などがある。

■主な写真展
地質標本館(つくば,2009・2011) モンベルサロン巡回展 (町田、神戸、高松、岡山、名古屋、金沢、京都、青森、渋谷2011~2012) 多賀町立博物館(多賀、2012) 奥出雲葡萄園(雲南、2015) 、奥出雲多根自然博物館(島根)、河原城(鳥取、2018) 安来図書館(安来、2019) 野草広場(袋井、2019) ギャラリー5610(港区、2020)

■講演実績
NPO東京自由大学(東京)、三松幼稚園(静岡)、早稲田大学(東京)、明治大学(東京)、荒神谷博物館(島根) 、(公財)深田地質研究所(東京)、京都芸術大学大阪藝術学舎(大阪)、(社)東京地学協会(東京)、メディアセブン(埼玉)、地質標本館(茨城)、多賀町立博物館(滋賀)、出雲科学館(島根)、安来高校(島根)、安来図書館(島根)、隠岐の島町図書館(島根)、他にギャラリー、神社やお寺、カフェ、カルチャーセンターなど多数。

■執筆履歴
読売ウィークリー(読売新聞社)、サンデー毎日(毎日新聞)、アエラ(朝日新聞)、新潮 45 (新潮社) 、週刊朝日(朝日新聞)、週刊文春(文芸春秋社)、週刊現代(講談社)、ムー(学研)、週間金曜日(株式会社金曜日)、週刊ポスト(小館)、BE-PAL(小学館)

■テレビ・ラジオ出演
スカパーTV mondo21 山田五郎『新マニア解体新書』巨石マニア 2008
フジTV「ザ・ベストハウス 123」2008
NHK「こんにちはいっと6けん」2010
ニッポン放送「上柳昌彦 ごごばん」2011
FM 横浜の柳井麻希、小山薫堂の「 FUTURESCAPE」2012
J-WAVE 別所哲也の「TOKYO MORNING RADIO」2013
静岡朝日テレビ「ピエール瀧のしょんない TV 」2016
朝日放送「日本人と石の物語~voice of stone~」2017
NHK R1「石丸謙二郎の山カフェ」2021年3月6日放送
NHK BS「美の壷」巨石特集出演予定 2021年6月放送予定

オンライン参拝でも求められる宗教者との交流 弓山達也
(掲載紙『中外日報』2021年2月26日)

東工大で宗教学を教えていると言うと不思議そうな顔をされる。理工系大学と宗教というのがミスマッチなのだろう。ただ学部と大学院で4コマの宗教学の講義の他、学部生向けの宗教学ゼミも開講している。
このゼミでは現地調査や若手信仰者との意見交換を行ってきた。しかしコロナ禍で遠隔授業となり、こうした実践型の講義ができなくなった。遠隔なら、ということでオンライン参拝調査をゼミ生と実施した。
インターネットを介した参拝自体は今に始まったことではない。ウィンドウズ95が出た直後から始まり、こうした動向に関する本紙連載記事が井上順孝編『IT時代の宗教を考える』として2003年に出版されている。06年には神社本庁がネットによる参拝・祈願・お守り等の頒布に注意喚起をして話題となった。こうした経緯もあって、オンライン参拝のサイトはたくさんあって、現実さながらの体験ができ、信仰上の効果があるものと思っていた。ただゼミ生たちと調べていくうち、そうでもないことが判ってきた。
ゼミでは「オンライン参拝は宗教の代替となるのか」という問いを立て、サイトの収集・検討を進めた。この際の着眼点を、〈神聖性〉を感じさせ、もし自分が信者ならサイトの体験が心の拠り所となるような〈信仰心〉を育むもの、そして教えを学ぶ〈規範性〉、他の閲覧者との一体感や連帯感という〈集団性〉、これを人に勧めたいと思う〈継承性〉の5点とした。
さて調査を始めて、写真だけのものなどを除くと、オンライン参拝に値するサイトがそう多くないことに気づいた。18人のゼミ生で集めたのは70余のサイトだった。そして意外だったのは、文字通りオンライン参拝できる体験型よりも、動画視聴のオンデマンド型が多かったことである。ゼミ生は70余のサイトから体験型とオンデマンド型それぞれ六つの候補を選び、それを先の五つの着眼点から講評し、両タイプから1位を決めていった。
講評と議論を聴いて面白いと思ったのは体験型に対する不評である。なるほどゲーム世代にとってオンライン参拝のリアリティーはどれも物足りないものだったようだ。今回は日本のものに限定したが、MUSLIM3Dというドイツのサイトはゲーム感覚でイスラーム文化が学べると高評価だった。国内体験型の1位は東京禅センターオンライン坐禅会。ゲームではなく、1日2回の坐禅指導である。ズーム開催なので参加者の顔も見え、終わった後には雑談する時間もある。
一方、オンデマンド型も海外のサイトの秀逸さが目立ち、モルモン教のクリスマス礼拝には圧倒された。
国内の1位は、りょーしょーお寺チャンネル。これも読経動画配信ではあるが、動画は毎日更新され、住職がチャットや参拝者の声を拾いつつ、それに応えるところが高く評価された。
オンライン参拝といえども、インターネット技術を駆使してというより、むしろ対面と同じような、またはそれ以上にきめ細やかな宗教者との行き交いが、少なくとも若い世代に支持されたことは、コロナ禍の宗教行事のあり方に示唆を与えるものであろう。

悲とアニマⅡ~いのちの帰趨~
Grief and Anima II: from Life to the Mother Nature

(主催:現代京都藝苑2021)

企画趣旨

 2015年3月に北野天満宮で開催した「悲とアニマ」展は、伝統的な日本的感受性とは何かを理論と実践の両面から考察する日本学術振興会科学研究費助成事業「モノ学・感覚価値研究会」の活動の一環であった。当時、2011年3月11日に発生した東日本大震災の記憶が徐々に薄れつつある中で、改めてそれがもたらした衝撃と向き合い、そこから名もない全ての生の悲しみに心を寄せつつ、社会の安寧と賦活の方向性を模索する現代美術の展覧会であった。古今東西の叡智が教えるように、生の充実は死と向き合う中にあり、そこにこそ伝統的な日本的感受性も自ずから現代的なかたちで立ち現れると考えたのである。
2020年、私達は新たに新型コロナウィルス禍に見舞われた。これまで盤石と思われていた近代文明が想像以上に脆弱であり、誰もが底知れぬ不安に包まれる中で、今改めて本当に大切なものとは一体何かが問われている。その手掛かりは、進歩至上主義の時代には隠蔽されてきた死を見つめ直し、古来人間がそうであったように母なる大自然への畏敬の念を想起する中にあるのではないかと思われる。この観点から、東日本大震災から10年目の2021年に、私達は改めて現代美術の展覧会「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨~」展を開催する。第1会場である建仁寺塔頭・両足院では「彼岸」を、第2会場であるThe Terminal KYOTOでは「此岸」を象徴する展示を行う。
なお、主催団体の「現代京都藝苑2021」は、実行委員長の鎌田が代表を務めていた「モノ学・感覚価値研究会」(科研基盤B研究)から派生した芸術展開催のプロジェクトチームで、2015年に発足し、2021年に第2弾の展覧会「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨」を企画するものである。

 

会期:2021年11月19日(金)~11月28日(日) 10日間第1会場:両足院

監修:鎌田東二 企画協力:山本豊津 企画:秋丸知貴第2会場:The Terminal KYOTO

監修:山本豊津 企画:秋丸知貴出品作家:
次期家元池坊専好、大西宏志、大舩真言、岡田修二、勝又公仁彦、鎌田東二、小清水漸、近藤髙弘、関根伸夫、吉田克朗他

主催:現代京都藝苑実行委員会
後援:両足院・The Terminal KYOTO
協賛:株式会社サンレー・一般社団法人日本宗教信仰復興会議・京都伝統文化の森推進協議会
協力:京都大学こころの未来研究センター・上智大学グリーフケア研究所

【関連イベント】

●「現代京都藝苑2021」シンポジウム①「もの派の帰趨~美術・彫刻・工芸」
日時:2021年11月20日(土)午後1時~午後5時
会場:未定
小清水漸(彫刻家・京都市立芸術大学名誉教授)
稲賀繁美(国際日本文化研究センター教授)
吉岡洋(京都大学こころの未来研究センター教授)
秋丸知貴(上智大学グリーフケア研究所特別研究員)
コメンテーター:山本豊津(東京画廊代表取締役社長)
コメンテーター:近藤髙弘(陶芸・美術作家)
司会:秋丸知貴

●「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨」茶会
日時:2021年11月21日(日)午前10時~午前12時
会場:両足院 茶室

●「現代京都藝苑2021」シンポジウム②「宗教信仰復興と現代社会」
日時:2021年11月21日(日)午後1時~午後5時
会場:両足院
水谷周(一般社団法人日本宗教信仰復興会議代表理事・日本ムスリム協会理事)
島薗進(上智大学グリーフケア研究所所長・東京大学名誉教授)
鎌田東二(上智大学大学院実践宗教学研究科特任教授・京都大学名誉教授)
弓山達也(東京工業大学教授)
コメンテーター:伊藤東凌(両足院副住職)
司会:鎌田東二

●「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨」能舞
日時:2021年11月21日(日)午後5時15分~午後6時
会場:両足院
鎌田東二(フリーランス神主・神道ソングライター)
河村博重(観世流能楽師・京都芸術大学非常勤講師)

●「現代京都藝苑2021」シンポジウム③「日本人と死生観」
日時:2021年11月23日(火・祝)午後1時~午後5時
会場:京都大学稲盛財団記念館3階大会議室
やまだようこ(ものがたり心理学研究所長・京都大学名誉教授)
鎌田東二(上智大学大学院実践宗教学研究科特任教授・京都大学名誉教授)
広井良典(京都大学こころの未来研究センター教授)
一条真也(上智大学グリーフケア研究所客員教授・株式会社サンレー代表取締役社長・作家)
秋丸知貴(上智大学グリーフケア研究所特別研究員)
司会:秋丸知貴

●「現代京都藝苑2021」シンポジウム④「グリーフケアと芸術」
日時:2021年11月27日(土)午後1時~午後4時
会場:未定
鎌田東二(上智大学大学院実践宗教学研究科特任教授・京都大学名誉教授)
松田真理子(京都文教大学教授)
木村はるみ(山梨大学准教授)
秋丸知貴(上智大学グリーフケア研究所特別研究員)
奥井遼(同志社大学社会学部教育文化学科助教)
司会:秋丸知貴

【現代京都藝苑実行委員会】
実行委員長 鎌田東二(上智大学大学院実践宗教学研究科特任教授・京都大学名誉教授)
副実行委員長 稲賀繁美(国際日本文化研究センター教授)
実行委員 山本豊津(東京画廊代表取締役社長)
実行委員 近藤髙弘(陶芸・美術作家)
実行委員 大西宏志(京都芸術大学教授)
実行委員 伊藤東凌(両足院副住職)
実行委員 奥田圭太(株式会社バリュークリエイト代表)
実行委員 やまだようこ(ものがたり心理学研究所長・京都大学名誉教授)
実行委員 松田真理子(京都文教大学教授)
実行委員 木村はるみ(山梨大学准教授)
事務局長 秋丸知貴(上智大学グリーフケア研究所特別研究員)